ええまちづくりのええ話

大阪府内の地域団体の活動事例や、行政職員や生活支援コーディネーターの研修の発表も広く掲載。
団体の活動の参考にしたり、市町村の仕組みづくりに役立つ記事がたくさんです。

生活支援体制整備事業の実践について/2025年度 生活支援体制整備事業に係る研修(基礎研修)

2025年10月8日

2025年620日に、大阪市内で開催した「生活支援体制整備事業に係る研修(基礎研修)」では、生活支援体制整備事業の基本的な制度内容の講義、行政職員及び生活支援コーディネーターそれぞれの役割、地域へのかかわり方等を学び、今後の事業の推進に活かしていただくことを目的として実施しました。

本研修では、さわやか福祉財団 助け合い推進パートナーの貝長誉之さんから、生活支援体制整備事業の実践における重要な考え方について、太子町の取組事例も交えながら、説明いただきました。

講師:貝長 誉之(かいなが たかゆき) 氏
太子町社会福祉協議会
公益財団法人 さわやか福祉財団 助け合い推進パートナー

. 2015年から始まった生活支援体制整備事業

生活支援体制整備事業は2015年に始まり、今年で10年という節目を迎えています。

今こそ、ガイドラインを読み直し、当初の目的を振り返り、再構築すべき時期にきていると考えています。10年前から取り組んでいる自治体も、一度振り返ることで、今だからこそ出てくる新たな悩みや課題が見えてくるかもしれません。

大阪市と高砂市のホームページに掲載されている生活支援体制整備事業についての説明文が分かりやすいので紹介します。

介護予防・日常生活支援総合事業のガイドラインには、私たちがこれから何をやっていかなければならないのかが書かれています。特に33ページと34ページには、コーディネーターと協議体について示されており、一度目を通しておいてほしいポイントです。

赤い字は前回のガイドラインから変わったところです。前回のガイドラインよりも以前より細かく記載されています。

生活支援コーディネーターの目的・役割等についても一度目を通してもらたらと思っています。重要なのは、生活支援コーディネーターが自分の属する団体や組織の枠にとらわれずその枠を超えた視点で活動することです。資格・要件にも、公益的な活動視点、公平・中立な視点を持つことが適当と記されています。

生活支援体制整備事業は、介護保険の財源(地域支援事業交付金)を活用し、地域づくりや生活支援活動の創出、さらには担い手の育成を進めることが、大きなミッションと位置付けられています。

その背景には、高齢者の増加による介護支援ニーズの拡大、社会保障給付費の増大と生産年齢人口の急減、若年介護人材の不足による医療・介護などフォーマルサービスの限界といった課題があります。

2015年にスタートした生活支援体制整備事業地域支援事業の当初描かれた課題が現実のものとなりつつある今、改めて原点に立ち返り、この事業の意義や方向性を再構築していくべき時期に来ています。

. 2025年以降の状況

2025年以降は、これまでの10年以上に厳しい状況が予想されます。もしかすると、身動きが取れなくなるような市町村も出てくるかもしれません。

高齢者の増加に伴い介護支援ニーズも当然増えていきます。給付の増大は介護保険料の引き上げにも直結します。

府内市町村の平均はおよそ7,500円。高いところでは9,300円〜9,400円、安いところでは5,000円弱と、3,000円〜4,000円の差があります。全国の中でも大阪市は介護保険料がトップレベルに高いです。

それに加えて給付金も増えているため、今後第10期・第11期と進むにつれ、1万円を超える可能性も現実味を帯びています。国民健康保険料でもすでに17,000円となっていますが、介護保険料もさらなる上昇が予測されます。

生産年齢人口(1564歳)の減少、介護人材の不足も深刻です。医療や介護といったフォーマルサービスだけでは、もはや高齢者を支えきれない状況になっています。これこそが、生活支援体制整備事業を立ち上げる必要があった理由です。国は2014年にこの現実を示し、2025年までに体制を整えておくよう呼びかけました。

ここで、介護人材の現状にも触れておきます。厚生労働省 大阪労働局のデータを見ていただくと、ハローワークの有効求人倍率に現実が表れています。

例えば、河内長野のデータでは、医療・看護分野の求人倍率は平均して約2倍程度です。

しかし、福祉・介護分野ではどうでしょうか。訪問介護に関しては、大阪府全体で見ると、求人倍率は13.54倍にものぼります。5,300人の求人に対して、実際に応募があったのはわずか391人です。

これは「お金を出しても人が集まらない」ことを意味します。結果として、事業所間で職員の引っ張り合いが起こり、さらに人材不足が深刻化しています。

このように求人倍率が2桁になるのは、訪問介護と土木業だけです。土木業では関西万博やインバウンド需要などの要因も考えられますが、介護分野では根本的に担い手が不足しています。看護師の場合はまだ一定数の卒業者がいるため倍率はそこまで高くありませんが、訪問介護は深刻です。

このまま介護人材不足が加速すれば、単に「人材がいない」だけでなく、事業そのものが立ち行かなくなる可能性があります。大阪ではすでにそのリスクが現実として予測されています。

.太子町での実践

ここからは太子町での実践をご紹介したいと思います。太子町では、第6期介護保険事業計画から取り組みを進めています。特に2017年からは、総合事業および生活支援体制整備事業が本格的に始まりました。

現在は第9期(2024年〜2026年)にあたり、今年はその真ん中にあたる2025です。この9期の折り返し地点は、今後の方向性を見定めるうえで非常に重要なタイミングとなっています。

太子町では、この節目の年を意識しながら、さまざまな事業展開を行い、地域づくりを進めています。

太子町では、生活支援体制整備事業協議会の設置および生活支援コーディネーターの配置を20174月に行いました。2016年冬からは事業への理解を深めるための準備を進め、地域住民との「支え合い勉強会」や意欲ある住民を対象としたワークショップを実施してきました。これらの取り組みは、事業開始前の段階で特に力を入れたものであり、この土台づくりがあったからこそ、この10年間を安定して進めてこられたと考えられます。

当時は、高齢介護課長、地域包括支援センターの主査、高齢介護課主査、主事、さらにはさわやか福祉財団の職員など、多様なメンバーが参加し、さまざまな事業について学び、理解を深めるために多くの勉強を重ねました。しかし、地域の実情に応じた取り組みを具体化する過程では、前に進めない部分も多くありました。特に「地域の実情に合わせる」と言われても、当時は「何が必要か」が見えてこないという課題がありました。

そのため、職員や社会福祉協議会のメンバーが地域へ直接出向き、住民と対話を重ねることを重視しました。「太子町の将来を住民と一緒に考えたい」「10年後の町の姿を共有したい」という思いから、勉強会や座談会を各地で開催。これらは単なる説明会ではなく、住民と職員が双方向で建設的に意見を交わす場として位置づけました。職員もまた住民の声を聞き、地域の実情を肌で感じながら、必要な支援策を一緒に考えていきました。

地域を回る取り組み

地域を訪問することで、職員たちは「地域のことを知っているつもり」でいた自分たちの認識を見直すことになりました。実際に足を運ぶと、住民がすでに行っている取り組みや、生活の中で抱える課題が見えてきました。

こうして高齢者だけでなく、子どもや若者も含めた幅広い層と対話を重ね、老人クラブや福祉団体など多様な団体とも勉強会を実施しました。その結果、「助け合い・支え合い」の必要性を理解し、一緒に取り組もうとする住民が増え、さまざまな声が上がるようになりました。

ワークショップの展開

こうして集まった意欲ある住民とともに、ワークショップを繰り返し実施しました。初期のワークショップではブレインストーミングを通じて自由に意見を出し合い、次第に意見を集約し、より具体的な内容へと落とし込みました。最終的には、参加者全員が「プランナー」となり、**5W1H(いつ・どこで・誰が・何を・どのように)**を用いた企画書を作成し、プレゼンテーションまで行いました。住民が自分たちで考えた企画を真剣に発表する場は、聞き手にも強い印象を与えました。

このワークショップには「見つける・つなげる・作り上げる」という3つのキーワードがあり、1年間かけて地域の実情を把握し、ミスマッチを極力減らすことを目指しました。「地域にあるものを活かす」「絵に描いた餅を作らない」「使えない仕組みは作らない」という姿勢を徹底し、住民との協働で現実的かつ持続可能な取り組みを構築してきました。

.異なる立場や視点を持つ人々が同じ方向に進んでいくために

地域づくりにはさまざまな手法がありますが、ここでは大きく2つの考え方をご紹介します。

まず一つ目はグランドデザインです。

これは、地域の将来像を長期的かつ総合的に見渡した構想のことで、「全体構想」とも呼ばれます。たとえば、3年後、5年後、10年後に「地域がどうなっていたいか」という未来の姿を描くことが、地域づくりの出発点となります。

二つ目はマスタープランです。

これは、その未来像を実現するための具体的な計画を示すもので、総合計画や地域福祉計画、介護保険事業計画などがこれにあたります。多くの自治体にとって、より馴染みのある実務的なツールと言えるでしょう。

つまり、グランドデザインが「目指す未来」であり、マスタープランは「その未来へ向かう道筋」です。この両輪がそろって初めて、地域づくりは効果的に進んでいきます。

生活支援体制整備事業や地域支援事業、総合事業といった取組においても、このグランドデザインの発想は非常に重要です。ただ単に制度に対応するだけではなく、「この町を10年後にこうしていきたい」という未来像をしっかり描き、それに向かって具体的な一歩を踏み出すことが求められます。
また、生活支援体制整備事業、そして生活支援コーディネーターの役割について、担当者や受託団体だけの理解にとどまるものではなく、自治体の部長レベル、さらには受託団体の代表レベルも含め、組織全体で向き合うべき重要なテーマです。

自治体は、なぜこの事業が必要なのかを深く考え、その意義を理解した上で、生活支援コーディネーター業務を委託する責任があります。
一方、受託団体側もまた、生活支援コーディネーターの役割や意味を十分に理解し、単なる業務遂行にとどまらず、住民とともに地域の未来を描き、必要な仕組みを一緒に築いていく姿勢が求められます。
こうした相互理解と協力の中で、それぞれの立場が調和し、共通のビジョンを持って進めていくことが重要です。
この「調和」こそが、まさにコーディネートの本質です。大切なのは、関係者全員が目指す未来を共有し、その実現に向けて歩みを進めることです。

私たちは今、地域の悪い未来予測を、良い未来へと転換させる責任とチャンスの中にいます。そのためには、10年先を見据えて、多くの人と出会い、話し合い、考え続ける姿勢が不可欠です。

行政と住民のベクトル合わせ    

行政、社会福祉協議会、そして地域住民。それぞれが地域づくりに関わる立場ではありますが、その目的や関心、優先順位には違いがあります。

行政は、限られた財源や制度上の制約の中で、地域全体の公平性や効率性を重視した施策を進める必要があります。

一方、地域住民は、もっと身近で個別性の高い課題や暮らしの実感に根ざした視点を持っています。このように立場や見ているスケールが異なるため、両者の考える「地域づくり」の方向性、すなわちベクトルは必ずしも一致するわけではありません。

実際、厚生労働省が出した改正ガイドラインの中にも、「行政ベクトル」と「地域づくりベクトル」といった表現が見られ、両者の違いが明確に意識されています。

こうした異なる方向性を調整し、つなぎ合わせる役割を担うのが、生活支援コーディネーターや協議体です。行政と住民の間にワンクッションを置く存在として、互いの言葉を翻訳し、目線の違いをすり合わせていく橋渡し役を果たします。

異なる立場や視点を持つ人々が、「こうすればうまく回る」「こうすれば目線が合う」といった工夫を模索し、イコールではないものを、少しでも近づけていく。

そこに生活支援コーディネーターや協議体の真価があると言えるでしょう。

.これからの10年を見据えて

「パラダイムシフト」という言葉をご存じでしょうか。

これは、既成概念や固定観念、物の考え方や価値観が大きく変わることを意味します。

例えば、ガリレオの地動説やニュートンの万有引力の法則なども、当時の人々にとっては常識を覆すパラダイムシフトだったのかもしれません。もっと身近な例では、レコードやCD、カセットテープがありますよね。最近、カセットテープを使っている方はほとんどいないでしょう。電話も昔はダイヤルをグルッと回していましたが、それを知らない世代が増えてきています。大阪万博ではキャッシュレス決済のみが認められるそうです。

こうして考えると、私たちの生活の中でも小さなパラダイムシフトが起きています。例えば、近くのスーパーや病院が閉店・閉院した、学校が統廃合された、高校がなくなった、バス路線が廃止された、免許証を返納して行動範囲が狭くなった、家族が入院したり認知症状が出た、亡くなったなど、「いつもあったもの」が失われる出来事です。

社会は意外と緩やかに、確実に変化しています。そして私たちは、そうした変化に何とか順応しながら暮らしています。

2015年から始まった生活支援体制整備事業ですが、これまでの取り組みを振り返り、できていること、できていないことを確認し、さらに「何をしようとしていたのか」「本来何をすべきだったのか」を改めて考えることが大切です。その上で、次の5年、そして2030年・2040年を見据えた取り組みを進めていけると良いと思います。

私からのお話は以上です。ありがとうございました。

 

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