総合事業・生活支援体制整備事業の評価手法と取組事例 − 2024年度市町村向け地域づくり研修会から(後編)
2025年2月5日
大阪ええまちプロジェクト「市町村向け地域づくり研修会」(2024年11月8日開催)では、「総合事業・生活支援体制整備事業の基本的理念と最新動向」をテーマに講演やグループワークを行いました。
後半は講師の服部真治さんから、総合事業・生活支援体制整備事業の効果的な評価と改善について、ロジックモデルを用いた手法を説明していただきました。特に、生活支援コーディネーターとして現場で直面する課題や、その解決策を検討する上で役立つ具体的な先行事例を紹介しながら、ガイドラインの変更点の背景を踏まえて、市町村が主体となり事業推進することに向けての実践的な視点と内容になっています。
講師:服部真治(はっとり しんじ)氏
医療経済研究機構主席研究員(現在:(株)日本能率協会総合研究所主幹研究員)、日本老年学的評価研究機構理事、新見公立大学客員教授、放送大学客員教授等
効果的な事業のために:ガイドライン改正の目的と重要性
今回のガイドライン改正の目的は「(自立支援のために)高齢者にとって適切な選択肢を用意すること」であり、それを実現するためには生活支援コーディネーターと協議体の活動が重要になります。
ここからはガイドラインで示された、事業の評価について説明していきます。
ポイントは「うまくいったかどうかを、どのように評価するのか?」ということです。
総合事業の最終的な目的は、
「認定率が下がる」
「初回認定の平均年齢が上がる」
「在宅生活ができるだけ長くなる」です。
生活支援体制整備事業に関わる皆さんが取り組むべきことは、「(自立支援のための)高齢者の選択肢の拡大」です。
選択肢の拡大は、従前相当サービスを位置付けているケアプランの割合がどの程度減少したかで評価されます。
従前相当サービスの利用割合を削減するためには、多様なサービスや活動を増やす必要があります。
そして、多様なサービスや活動を増やすためには、生活支援コーディネーターや協議体の取組が不可欠です。
事業評価の重要性と法律に基づく評価義務
取組の内容を評価することは、事業を推進していく上で非常に重要です。
評価なくして改善はありません。
事業の評価については、平成29年の介護保険法改正によって法律で定められ、自立支援や重度化防止に関する事業は評価を行うことになりました。
当時の厚労省の資料の内容をまとめると、「データに基づいて地域課題を分析し、どのような取組を行い、どの程度の目標を設定するのかを計画に記載し、それを評価していく」、となります。
生活支援体制整備事業は介護予防・重度化防止に関する事業であるため、この評価の対象となります。
つまり、皆さんの自治体の介護保険事業計画には、この評価をどのように行うのか、3年間でどこまで達成しようとしているのかを記載する必要があります。
事業評価の指標:ストラクチャー・プロセス・アウトカム
取組を評価するにあたっては「ストラクチャー指標」「プロセス指標」「アウトカム指標」という3つの指標が登場します。
これらの指標をもとに効果を測り、評価を行い、うまくいっていない場合は改善策を検討します。
指標と言われてもピンとこない方もいるかもしれませんが、厚生労働省の資料には様々な指標が説明されており、上のスライドの左にあるSTEP1の計画の効果を測る、これらの項目を見るだけでも、ある程度のイメージが湧くと思います。
まず、評価の対象として、設置箇所数、参加人数、参加者の属性などが挙げられます。
例えば、通いの場を何か所作るのか、何人の人が参加するのか、男性がどれくらい参加するのか、80代の人はどれくらい参加するのか、といった項目です。
これらの活動目標を設定し、達成できたかどうか結果(アウトプット)を評価します。
次に、参加してくれた人たちが実際に変化したのか、例えば状態が改善し従前相当サービスの利用割合が減少したのか、といった成果(アウトカム)を評価します。
活動目標は達成しているのに改善が見られない場合は、そもそものサービス内容を見直す必要があるでしょう。
さらに、地域全体に変化があったのかどうかも評価します。
例えば、認定率や社会参加率が変化したのかどうかです。
設置箇所数や参加人数といった直接的な指標だけでなく、参加者や地域全体への影響も評価することが重要です。
このようにアウトプットとアウトカムを適宜、評価していくことが重要ですが、これを図式化したものが「ロジックモデル」です。
ロジックモデルの活用:事業計画が妥当かどうか検証する
では「ロジックモデル」とは何かを説明します。
評価というと、認定率などの数字で判断しがちですが、その前に「今の計画が良い計画かどうか」を確認する必要があります。
それを評価するツールがロジックモデルです。
PDCAサイクルという言葉はよく聞くと思いますが、まず計画(Plan)を立てることが重要です。
しかし、そもそも効果が期待できない計画を立ててしまっては意味がありません。
例えば、従前相当サービスの利用割合が高いにも関わらず、今後3年間はその割合を変えないという計画を立てている自治体があるとします。
計画書を見る限り、その自治体は3年間も状況を改善するつもりがないとわかります。
このような計画では、良い結果が期待できるはずがありません。
ですから、最初に「この計画は効果があるものなのか」を確認する必要があります。
それが「セオリー評価」です。そして、セオリー評価のツールとして、ロジックモデルが活用されます。
ロジックモデルでは、投入(インプット)、活動(アクティビティ)、結果(アウトプット)、成果(アウトカム)、効果(インパクト)といった要素を定義します。
- 投入(インプット):事業に投入する資源。人材(生活支援コーディネーター、地域住民ボランティアなど)、予算、設備、情報などが該当します。
- 活動(アクティビティ):投入した資源を用いて行う具体的な活動。例えば、ニーズ調査、研修会の実施、相談支援、地域資源の開拓、関係機関との連携などが挙げられます。
- 結果(アウトプット):活動の結果として直接的に生み出されるもの。例えば、作成された個別支援計画の数、実施された研修会の回数、相談件数、開拓された地域資源の数などが該当します。
- 成果(アウトカム):事業によって期待される短期的な効果。高齢者の知識・態度の変化、行動変容、サービス利用状況の変化、地域ネットワークの強化などが該当します。
- 効果(インパクト):事業の最終的な目標である長期的な効果。高齢者の健康状態の改善、生活の質の向上、社会参加の促進、要介護状態の予防、地域福祉の向上などが該当します。
「アウトプット」は、活動の目標であり、自分たちでコントロールできる部分です。
例えば、「全自治会の会長に会う」という目標を立てたとします。50の自治会があれば、「50か所の自治会をすべて回ること」がアウトプットです。
一方、「アウトカム」は、働きかけた相手側(地域、住民)の変化を見るものです。
相手側がどのように変化したのか、を捉えます。
例えば、働きかけた自治会長が実際に活動を変えたかどうか、です。
計画を立てる際に、アウトプットは書きやすいです。それに対し、どのような変化が見込めるかという計画は立てにくいため、アウトカムを書くのは難しい側面があります。
左側は実施者の活動、右側は相手側(地域や住民)の変化を表します。
ロジックモデルを活用する
ロジックモデルは、まず「目的を達成するためにはどのような活動が必要か」を検討し、それが理論的に正しいことを確認した上で、「さあ、やってみましょう」となるものです。
皆さんのグループワークを聞いていると、「目的を達成するためにはどのような活動を行えば効果があるのか」という最初の設計ができていないのではないか、と感じました。
まず「何を目指しているのか」を明確にすることが重要です。生活支援体制整備事業であれば「(自立支援のための高齢者の)選択肢を増やす」ことで「健康寿命を伸ばす」といった目的を設定します。
そして、その目的を達成するためにはどのような活動が必要なのか、どの程度の予算をかけるのか、活動の進捗状況はどうだったのか、といったことをロジックモデルで図式化することで、効果的な事業計画を立てることができます。
次に、評価の時期をできるだけ早期に設定することが重要です。
例えば、「3か所で運動機能向上プログラムを実施し、参加から3か月後に効果を測定する」といったように、具体的に定めます。
これは、受験勉強を例にしてみると「10月の模擬試験で結果を測る」と決めておくことと同じです。もし結果が良くなければ、勉強方法を見直すことができます。
現場レベルでの活動状況を把握することと、地域全体への影響を評価することには、時期にずれがあります。
地域全体への影響を測るには2、3年かかるので、まずは自分たちの活動が計画通りに進んでいるか、成果が出ているかを短期的に確認することが大切です。
ロジックモデルの実践:コレクティブ・インパクトと協議体の役割
生活支援体制整備事業では、「協議体」という大きな武器があります。
生活支援コーディネーターが1人だけで活動するのではなく、様々な関係者と協力して事業を進めていくことができます。
地域には様々な課題があり、それぞれの団体や個人が異なる考えを持っています。
協議体とは、バラバラの方向を向いているベクトルを一つにまとめ、力を合わせて目標達成に向けて取り組むための場です。
軽度高齢者や要支援者の自立を支援し、生活の質を向上させるためには、コレクティブ・インパクト(集合的効果)が重要になります。
コレクティブ・インパクトとは、様々な人々が協力し合うことで、1人では達成できない大きな成果を生み出すことです。
コレクティブ・インパクトを生み出すためには、下記の3つが重要です。
1つ目は、何を目指しているのかを共有することです。「行政はどのようなまちにしたいのか」「現在どのような課題に取り組んでいるのか」といった情報を共有することで、関係者は協力しやすくなります。
2つ目は、評価の仕組みを共有することです。「どのような状態になればうまくいったと言えるのか」を明確にすることで、目標達成に向けた共通認識を持つことができます。
3つ目は、お互いの強みや得意分野を理解し、協力し合うことです。コミュニケーションを密にすることで、相乗効果を生み出すことができます。
生活支援体制整備事業では、協議体が様々なプレイヤーの活動をサポートする組織となります。
そして、生活支援コーディネーターは、協議体の中で中心的な役割を果たし、多様な主体の活動をコーディネートします。
そのためには、目標設定や評価システムを地域で共有し、図式化する必要があります。つまり、協議体でロジックモデルを作成することで、誰が何をするのかを明確にすることができます。
先行事例:静岡県函南町の取組
静岡県函南町(かんなみちょう)では、協議体をどのように活用しているか、事例を紹介します。
函南町では、移動支援サービスを7年間で4つ開発しました。
最初は「かんなみおでかけサポート」というサービスから始まり、実施主体、仕組み、財源もすべて異なるサービスを開発してきました。
函南町には第1層の生活支援コーディネーター(町社協が受託)1人しかいませんが、どのようにしてこれを実現できたのでしょうか。
行政と生活支援コーディネーターの役割分担:事業の推進体制
その秘訣は行政と生活支援コーディネーターの役割分担を明確にした上で、生活支援コーディネーターに事業化を丸投げするのではなく、行政が主導して事業を進めていることです。表のとおり、役場でなければできないこと、例えば予算の確保や事業の立ち上げ、民間企業とのコンタクトなどは、役場の担当者が行うとしており、生活支援コーディネーターの業務内容も仕様書で明文化されています。
なお、生活支援コーディネーターには資源開発機能を求められていますが、資源開発そのものを行うわけではありません。生活支援コーディネーターはコーディネート役であり、実際に事業を行うのは予算と決定権を持つ行政です。これは今回の地域支援事業実施要綱の改正でも追記されました。
柔軟な協議体運営:テーマに応じたメンバー構成
また、生活支援コーディネーターの活動状況に応じて、協議体で扱うべき内容や関係者やメンバーも変化するはずで、函南町の協議体では、テーマに応じてメンバーを変えています。
様々な移動手段が開発されたのは、それぞれの地域や課題に合わせて、適切なメンバーを集めて協議体を開いていたからです。
協議体のメンバーは固定である必要はありません。これも今回の改正でガイドラインに追加された重要な点です。
さらに、現在ではロジックモデルを活用して生活支援体制整備事業を実施しています。
福祉課、健康づくり課、地域住民、生活支援コーディネーター、役場の職員、ケアマネージャー、専門職など、それぞれの役割分担と評価方法が明確になっています。
ロジックモデルを図式化することのメリットは、生活支援コーディネーターや役場の職員が交代しても、事業内容が引き継がれることです。
記録が残っているので、誰でも現状を理解し、事業を引き継ぐことができます。
先行事例:千葉県松戸市の費用対効果の提示
費用対効果をどのように考え、提示していくのがよいのか、千葉県松戸市の事例を見ていきます。
松戸市では、「グリーンスローモビリティ」というゴルフカートのような小型車を自治会に貸し出し、グランドゴルフや買い物、通院などに利用してもらう事業を行っています。
車両の維持管理や保険料などはすべて自治体が負担しています。
このような事業は費用がかかりそうに思えますが、松戸市では予算が確保されており、市長はすべての自治会にこの車両を配備したいと考えています。
なぜこのような事業に予算がつくのでしょうか。それは、費用対効果が明確になっているからです。
電動カートを導入し、自治会に貸し出すことで、高齢者の外出機会が増加します。
また、電動カートを運用する自治会の活動も活発になります。
高齢者の外出や社会参加が増加すると、健康状態が改善され、認知症の発症リスクや医療費が抑制されるという研究結果があります。
これらの結果を基に、電動カートの導入による費用対効果を算出し、予算獲得につなげているのです。
このように、ロジックモデルを用いて事業の成果や効果を図式化することで、財政担当者も納得しやすくなります。
住民や民間企業の巻き込み:ロジックモデルによる効果の説明
住民や民間企業を巻き込む方法について研修の時間内にも多くの質問をいただきましたが、上のスライドのロジックモデルがその答えです。
ロジックモデルを作成することで、どのような活動がどのような成果に繋がるのかを明確にすることができます。
住民に対しても、「このような活動を行うことで、健康寿命が延びる」といった効果を伝えることができます。
ロジックモデルを活用することで、地域課題の解決に繋げていくことを考えていただきたいと期待しています。
まとめ:ロジックモデルを実践し、地域課題を解決する事業に取り組む
ここまで説明したように、ロジックモデルは効果的なツールですが、実際に活用するためには、まず「何をやるか」を決める必要があります。
地域には様々な課題があり、すべてを一度に解決することは不可能です。限られた資源の中で、どの課題に優先的に取り組むのかを決定することが重要です。
函南町の事例のように、まずは「今年度は移動支援に力を入れる」といったように、具体的な課題を設定します。
評価指標についても、初期アウトカムまでは明確に設定しておきましょう。
地域全体への影響を測る指標は後回しで構いません。まずは、自分たちの活動が計画通りに進んでいるか、成果が出ているかを確認することが重要です。
データに基づいた評価が難しい場合は、定性的な評価でも構いません。
生活支援体制整備事業であれば、例えば「働きかけた相手が理解を示し、協力的になった」といった変化も初期アウトカムとして捉えることができます。
必ずしも数値化されたデータである必要はありません。
なお、評価指標は目的と合致したものを設定します。そのためには「何のために活動するのか」を明確にしなければなりません。例えば、ボランティアを増やすことにしたとして、その目的は、人材不足の解消や保険料の抑制でしょうか。ボランティア活動には様々な波及的な効果があります。役割を持って社会参加することは、ボランティア本人の介護予防にも繋がります。もちろん、困っている人の生活を支えることがなによりの目的でしょう。ヘルパーの代わりとして無償で家事をしてくれれば、たしかに介護人材不足の解消につながるでしょうし、保険料の抑制にも貢献するでしょうが、それが直接的な目的ではないだろうと思います。
また、ロジックモデルを活用して地域の方、スーパー、タクシー会社など、それぞれの役割分担を明確にすることで、ボランティアの負担を軽減し、モチベーションを高めることもできます。多様な主体がそれぞれの役割を果たすことで、地域全体の活性化に繋がります。
行政の担当者の方に今日の話を伝えたいという方もいましたが、ぜひ伝えてください。小さな変化から始めて、少しずつ地域を変えていくことが重要です。
動かなければ何も始まりません。計画を立てることも重要ですが、計画を立てただけで満足するのではなく、実際に動き出すことが大切です。
今日お伝えした内容を、ぜひ皆さんの地域で実践してみてください。
どうもありがとうございました。