ええまちづくりのええ話

大阪府内の地域団体の活動事例や、行政職員や生活支援コーディネーターの研修の発表も広く掲載。
団体の活動の参考にしたり、市町村の仕組みづくりに役立つ記事がたくさんです。

自分がやりたい“遊び”で「今すぐちょっぴり変えてみる」 株式会社グランドレベル代表取締役社長・田中元子さんのお話/「大阪ええまちアカデミー」2024入門編

2024年10月25日

「大阪ええまちアカデミー」は、現役で働く世代を対象に、高齢者の介護予防・生活支援に取り組む地域活動プロジェクトの立ち上げや運営などを「入門編」「実践編」の2つのステップで学ぶ講座です。

最初のステップである「入門編」の第1回は、
株式会社グランドレベル 代表取締役社長・田中元子(たなかもとこ)さんをゲストに迎え、
「今すぐちょっぴり変えてみる」をテーマにお話しいただきました。この記事ではそのエッセンスをお届けします。

田中 元子 さん株式会社グランドレベル 代表取締役社長)
建築コミュニケーターとして建築関係のメディアづくりに従事後、2016年「1階づくりはまちづくり」をモットーとする株式会社グランドレベルを設立、2018年私設公民館として「喫茶ランドリー」を開業、同年グッドデザイン特別賞グッドフォーカス賞(地域社会デザイン)。設計コンサルティングやプロデュースなどを全国で手がける。主な著書に「マイパブリックとグランドレベル」「1階革命」(晶文社)ほか

フリーコーヒーで発見した=「マイパブリック」

私は1975年生まれの48歳です。特に大学などで専門教育を受けてきたわけではないんですが、建築がめちゃくちゃ好きになって、それをほかの人に共有したくて、雑誌や本の企画や執筆をしていきました。仕事以外にも、いろんな遊び(=手作りの公共、マイパブリック)をしていました。 

そのうちの一つが「フリーコーヒー」と名付けた遊びです。友達に頼んで作ってもらった屋台で、まちの中で知らない人にコーヒーをふるまう活動をしていました。

コーヒーをふるまうと、いつもは人が通らない裏道でも、けっこうにぎやかな場所になる。

お金を介在させると、コーヒーとお金を交換した途端にみんなどこかへ行ってしまうんですが、ふるまっていると「なんでこんなことしているの?」って話しかけてくれる人が現れるんですね。

建築や、まちづくりや、公共って「誰かが何とかしてくれる」と思っていたんですが、黙って立っていても何も始まらない。

でも自分で100人分くらいのコーヒー豆を持って、飾り付けた屋台で「コーヒー飲んでいかない?」って言うだけで、少なくとも私の目の前の景色は激変するんです。
このささやかないたずらみたいな「手作りの公共」を、私は「マイパブリック」と呼んでいます。

マイパブリックの事例

●水で絵を描く「アツシさん」(東京・上野公園)

上野公園に通い、傘のようなものを使い、子どもからリクエストを聞いて水で絵を描くおじさんがいます。
元美術教師で、子どもたちと向き合いたくて趣味でやっているそうです。

こんな感じの遊びを体感してもらえるように、
「あなただったら、まちのどこで、どんなマイパブリックをしてみる?」というワークショップを時々させてもらっています。

1階づくりはまちづくり「私設の公民館」

よく地方では、「移住者が増えてほしい」とか「人口が多くなれば」と言いますが、例えば1階に何もないマンションだけがどんどん建ったら、人口密度は高くても、人の営みに偶然出会うチャンスはなくなってしまいます。 

だったら、目に飛び込んでくる建物の1階の姿がよくなれば、いい世界に暮らしているような気持ちになるんじゃないかなと思っていたんですね。そんなときに墨田区の空きビルのオーナーから「うちのビルの1階をどうしたらいいか」と相談を受けたので、私設の公民館として「喫茶ランドリー」をつくることにしたんです。「生きている人がちゃんと住んでいる」、「ひと気が感じられる」ものを1階にしつらえるべきだと思うんです。

ここで大切にしたのは、「NOターゲティング」と「NOマーケティング」です。

お年寄りのため、とか、かわいそうな親子のためといった、ビジネスでよく言われるターゲティングやマーケティングをしない。
誰でも来てほしいし、御用聞きじゃないし、自分があったらいいな、と思うものを作るだけなので他人や時代のニーズを読んだりしません。

すると、いろんな人が来てミシン使って何か作ったり、お茶を飲んだり、現代美術の展示、ワークショップ、サラリーマンの勉強会など、いろんなことが起こっています。アンダーグラウンドなミュージシャンと、引っ越してきたばかりの孤独なママがつながったり、商店街のおばちゃんが来たりと、いろんな使われ方をしています。

私は人が集まる企画やイベントをしたいわけでも、コミュニティや賑わいのある喫茶店をつくったという手柄が欲しいわけでもないんです。
お客さんは少なくてもいいから、「やってみたいことをやるきっかけ」や「やってみる人生」を応援したいんです。自分の手で、自分の目の前の世界を変えていくことに慣れていく住民さんを応援したい。

自分や他の人が自由で多様なことを許容できる環境や、普段からおしゃべりをして、思いついたことをその時に言えるというライブ感がとても大事だと思います。

例えば、喫茶ランドリーで高校の美術の先生が「生徒の作品を展示したい」って話してくれたことをきっかけに、毎年その高校の美術部の作品展会場になったことがあります。そこには校長先生も若き日の作品を出展してくれて、そこでじつは校長先生も絵を描く人だったとわかったりと、いきいきした活動をする人が、実は地域にいるんだと感じてもらえるようになるんです。

1階づくりのシンプルな事例

JAPAN / TOKYO BENCH PROJECT

1階づくりの簡単な方法としてベンチを置くという方法があります。

私はまず「まちにベンチが足りないのでベンチを置かせてください」っていうYouTube動画を作りました。その後も「ベンチを置きたい」って言い続けていたら、あるアートプロジェクトで、ベンチを置く作家として出展していいとなり、デザイナーに頼んでベンチをデザインしてもらい、銀座の民間所有の場所と公道の間に置かせてもらいました。

ここで赤ちゃんを寝かせたり、食べたり、おしゃべりしたりという風景をこのビルのテナントさんが気に入ってくれて、結局今もそのままベンチは置いてもらえています。

こういうことしていると「田中さんだからできるんでしょ」とか「属人的」「土着的」「一回性」とか言われるんですけど、むしろそれを手掛ける人らしさが見えて、そのまちのモノを生かして、そこで、その時しかやれないことをやるのがいいんじゃん?と思っています

まちづくりの活動をするときも、「一度言っちゃったから、責任をもって最後までやらないといけない」って変に責任を負わなくていいし、「ありがとう」って言われることを成果や自分の価値だと思わなくていいんです。
自分の個性あるいはどなたかの個性がいきいきとまちに出てくるような日常が、一番合理的なんじゃないかなと思っています。

自分がやりたいからやる「遊び」ができる環境が重要
(大阪ええまちアカデミー ナビゲーター広石さんと田中さんのセッション)

続く広石拓司(ひろいし たくじ)さんと田中さんのセッションでは、「今すぐちょっぴり変えてみる」際の心構えを掘り下げました。

大阪ええまちアカデミー ナビゲーター:広石拓司さん(株式会社エンパブリック 代表取締役)
「思いのある誰もが動き出せ、新しい仕事を生み出せる社会」を目指し、ソーシャル・プロジェクト・プロデューサーとして、地域・企業・行政など多様な主体の協働による社会課題解決型事業の企画・立ち上げ・担い手育成・実行支援に多数携わる

広石さん:
遊びは自分がやりたいと思うからやるもので、ずっとやらないといけないわけじゃない。
まちづくりというと「社会課題をなんとかしなきゃ」なんて思いがちですが、遊びのように「時間もあるしやろうかな」と思ったことや「楽しくやれたらいい」ということに動き出せる環境があるのが「ええまち」ですよね。
イベントとかも、「大きいことしないといかん」って思われがちだけど、人が来なくてもいいやん、二人だけでもお茶したらいいやんということですよね。

田中さん:
フリーコーヒーをしていても、あまり人が立ち寄ってくれない時もありますよ。
でもそれが嫌なら「次はこうしよう」って変えたらいいし、「これでいいのだ」と思っているならそのままでもいいし。

魚釣りと同じで、釣れなかったらやめるの?ってことですよね。
「役に立てなかった」と思ってやめるくらいなら、最初からやらなきゃいい。評判や評価のような、一種の「見返り」を大きく捉えすぎるとモチベーションが保てません。

広石さん:
ぼくのところには起業したいという人がどうしようかと迷って相談に来ることがよくありますが、迷っている時点でまだイメージが持ちきれていないってことですよね。
ちょっとずつ動いたりしゃべったりするなかで、「やるしかない」ってときにやったらいい。

田中さん:
人と比べて変わったこととか、大きなこととか、新しいことでなくてはって思う人もいるんですけど、別にファーストペンギン(リスクを恐れず初めてのことに挑戦するベンチャー精神の持ち主)である必要はないんです。

スタートアップだけが得意な人もたくさんいるけれど、「続けて蓄積して育ててなんぼ」のことができなくて、すぐ終わってしまうこともあるんです。
だから先頭切ってやるんじゃなくても、引け目に思わないで欲しい。むしろ伴走できる力を欲している人もたくさんいます。それは、ファーストペンギンよりも重要な役割であることも多い。

広石さん:
ファーストペンギンが飛び込んで、そのあと誰も飛び込まなかったらファーストペンギンはサメに食われて死ぬだけですからね(笑)
ファーストペンギンが飛び込んだ時に、「今や」と思って2羽目になる、支持しますって声を上げる、手伝うってことも大切。

手を挙げ、追いかけるのは、ファーストペンギンと同じくらい貴重だし、セカンド、サードペンギンがいるからそのあとに続く人がいる。フォローすることも変化を起こすのに必要なことですよね。

田中さん:
いいファーストペンギンの条件は、2人目・3人目の手を上手に引いてあげられることです。
自己表現を一方的にするんじゃなくて、2人目・3人目が何を考えているのかの聞き役で、何が欲しいのかが分かる人。恋愛と似てるかもしれない。

広石さん:
そうですよね。
仲良くなりたかったら「ちょっとお茶でもしない?」「みんなで花火を観にいかない?」という感じのやりとりが必要で、「わたしとあなたはあそこに行かなければならない」「最後まで一緒にいないといけない」みたいなのは嫌になりますもんね。
一人ひとりが楽しいから「一緒にやろうよ」と言えて、自分も楽しめるのがいいですよね。

田中さん:
楽しいことをやってみて、「そのノリ、私も好きだよ」という人と同じ気持ちになるのが、いちばん自然なことじゃないかな。

広石さん:
そういう楽しい関わりの中で、「この人、もしサポート必要だったらちょっとサポートしながらやってみようかな」とか、人と人の間にある関係性みたいなものが大事ですよね。
「やらねばならない」ではなく主体的であること、いい意味での属人性というか、「わたしだからできたんだ」っと感じられることも大切で素敵なことなんだろうなと思います。

田中さん:
真剣に遊んでいるように生きている時間が、誰かにとっての魅力や、一緒にやろうというきっかけにもなると思います。
みんながそういうふうに過ごせば、世の中もっと楽しくなるんじゃないかなと思いますね。

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当日は、参加者がグループに分かれて感想をシェアする時間や、チャットでの感想受付を設けましたが、「自分が楽しいと思う遊びをする」「人の気配を感じることをする」など、田中さんの自由な発想、アクションに向けて気持が動いたという発言もさまざまにみられました。

参加者からは
「自分のやりたいこと、関心のあることで突き進んだ方がいいんじゃないか」というセリフに共感した」
「もっと気楽に、自分の本当にしたいことを絞り込もうと思いました」
といった前向きな声が寄せられ、次回以降の講座にも期待が高まっていたようでした。

 

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