やっかいな問題”の解決に効く!つながりのチカラと地域づくり(大阪ええまちプロジェクト 大交流会 基調講演)
2025年7月2日
“あなたの、わたしの、「つながる」チカラが地域をつくる“ をテーマに、2025年3月1日 大阪産業創造館にて開催された「大阪ええまちプロジェクト」大交流会。
会場には120名以上がご参加のもと、基調講演では、菅野 拓先生に、小さな「つながり」のチカラが、身近な問題解決だけでなく、大きな災害後の復興や地域全体の困りごとといった「とうてい解決できないのでは?」と思えるような問題にまで、実は非常に効果的にはたらくことを研究結果とエピソードからお話いただきました。
基調講演ゲスト:菅野 拓(すがの たく)さん
大阪公立大学大学院 文学研究科 准教授 博士(文学)
「やっかいな問題」の解決をテーマに現場で研究・実践。近著に『つながりが生み出すイノベーション―サードセクターと創発する地域―』、『災害対応ガバナンス―被災者支援の混乱を止める―』内閣府「被災者支援のあり方検討会」委員などを務める。
INDEX
皆さん、こんにちは。私は大阪公立大学で「人文地理学」という領域で研究をしています。地学といった自然科学よりは社会学に近い領域で、ずっと興味があるのが、社会問題や都市問題です。
大阪というのは「やっかいな問題」が多い町ですよね。それを解決するためにはどうすればいいのか、大学院時代には釜ヶ崎や様々な問題を抱える地域でフィールドワークをしていると、今日ここに集まっておられる皆さんのような、面白い人がいっぱいいるんですね。
人が集まって「わやわや」していると、そのうちに新しい支援の方法が生まれたり、新しい動きが起こったりするのが面白いなあと感じていました。
そこで、現場で一緒に問題を考えて、一緒に汗をかいて、NPOも一緒にやって、という実践を重ねながら、臨床の社会科学者としての研究を進めてきました。
「やっかいな問題」を解決する手段とは
やっかいな問題を解決する手段の一つとして地域づくりがありますが、次の図の中でどれがうまく地域づくりができそうでしょうか。
【図1】
真ん中のピラミッドは企業や行政などの「組織」です。これでしょうか。それとも、左の図の企業が集まって互いに「市場」をつくる、がいいでしょうか。「こっちの方が安く作ってくれるんやったら、安くて美味しいもん食べれるわ」となるのは市場の効果ですよね。でも、どちらでも解決できない問題が結構あります。
例えば、私はホームレス支援をやってきましたが、ホームレスの人に「助けたるからお金ちょうだい」というのはできませんよね。そんなことできたら自分で生活している、という話なので「市場」ではなかなか解決できません。
「なんかうまいこと行かへんな」とい問題がいわゆる社会問題として出てきた時に、「あの地域はあの人がおるから面白いねん」という話が出てきます。この「人のつながり」がどうも社会問題に効いているという話を今日はさせていただきたいと思います。
1. やっかいな問題の解き方としてのネットワーク
ネットワークの形を見ていると、そこにキーになる人が見えてきます。「コーディネーター」や「コミュニティソーシャルワーカー」と呼ばれている場合や、ただ単に「おっちゃん」と言われている場合もあります(笑)。
「やっかいな問題」という言葉は実は学術用語で、ちょうど50年ぐらい前に定義されました。デザインの専門家やプランニングの専門家が悩んで作った言葉で、その特徴のひとつに「明確に定式化できない」ことがあります。
皆さんの地域の問題は明確に定式化できるでしょうか。
「なんか、ようわからんけどうまくいかへん」という問題が多いのではないかと思います。
【図2】
ここにペットボトルのお茶がありますが、お茶をどこでも届けられるというのは大事な問題解決です。ある企業が作っているので、市場での問題解決ですね。まず組織で作って、それを安く提供して市場で戦わせることで我々は安くお茶が飲めるわけで、安く市場に出したら勝ち、問題は終了です。
地域づくりはどうでしょう。「こうなったら終了」とはなりませんよね。一つひとつが特有ですから、あの地域ではうまくいっても、この地域ではうまくいかない。実は、あらゆる問題で、そういうことが起こっています。
NPOや非営利の団体が社会を変えている
例えば、貧困の問題でいうと、それに向き合うNPO法人や任意団体といった非営利の団体が増えてきています。
ひとつのきっかけは、ボランティア元年と言われた阪神・淡路大震災です。「困った」といえば人がやってくる、というのは昔からありましたが、人々が一緒に動くため、事務所や人材が必要となり、NPO法人化が進みました。
最近、そういう人たちが新聞やニュースを賑わせていますね。
【図3】
代表例は湯浅誠さん、日比谷公園で年越し派遣村の村長をしていた人です。リーマンショックの後の貧困問題を可視化し、厚労省に訴えた人ですね。
奥田知志さんは北九州でホームレス支援をされています。社会福祉施設を建てるためにクラウドファンディングで3億円を集めました
。この人たちが作ってきたのが、貧困問題に対処していくための法律である生活困窮者自立支援法です。こうやって活躍する人のそばで、様々な問題が解決されています。
厄介な問題の一例として災害を取り上げましょう。
災害支援にかかわる調査をしてみると、東日本大震災で活躍したNPOなどの支援団体はリストアップできただけで1420団体ありました。リスト漏れもあるでしょうから、おそらく3000団体ぐらいはあったと思います。
仮設住宅から病院や介護施設が遠いという人に無料や定額で輸送支援をするNPOができたり、福島の帰宅困難地域にあった障害者のB型施設では避難でバラバラになった人たちをつなぎ直してネットワークを作り、企業と組んでレベルの高い製品を作り出したり、そういう動きがいろんな領域で起きました。
【図4】
仙台市から生まれた新しい災害ケースマネジメントの取り組み
また、そういう中では新しいやり方も生まれます。
仙台市では、被災者を訪問して個々のカルテを作成し、専門家も含めて話し合って世帯ごとの個別の支援計画をつくってオーダーメイドの支援をしていく「災害ケースマネジメント」という支援手法が生まれました。
被災地では、仮設住宅の中での孤独死や、うまく生活再建できないという問題が出てきます。そこで、平時の支援と災害時の支援を組み合わせ、オーダーメイドで伴走型のサポートを行うとうまくいくのではと、仙台市やNPOが協力して生み出していきました。
【図5】
この取り組みを、今、国全体で進めようとしています。
これはまさに、イノベーションですよね。現場でわいわいとやりながら、新しいやり方が生み出されるわけです。
うまくやっている自治体からやり方を教わって、新しい知恵を見いだして、つながりをつかってやっていく、震災が起こってそういう世界が現れたということです。
2. 社会ネットワークはどんな構造?
では、そのつながりってどんな形なんだろうと疑問に思い、ちょっと変わった調査をしてみました。
NPOのような問題解決の仕事に関わっている「この人面白いな」という人にインタビューをするんです。
年齢や経験してきたことと同時に「東日本大震災の文脈でお世話になったり信頼している人を10人教えてください」と聞いたんですね。
【図6】
NPOの人でも企業の人でも地域の人でもいい、震災前からの知り合いでも、後からの知り合いでもいいし、被災地に住んでいる人でも外の人でもいい、とにかく10人教えて、と聞く。そして、被災地に住んでいるNPOの人たちにまた聞きに行く。
およそ1年半をかけて80人に話を聞きました。80人から10人を聞くので、単純に計算しても800人が出てくる。
そうすると、人のつながりの形、つまり社会ネットワークの構造が分かるんです。
【図7】
計算上は800人でるはずなんですが、実人数は459人しか出ませんでした。つまり、人が被っていたということです。
何人かが同じ人の名前を挙げていたんですね。そして、どんな形になったかというと、これです。
【図8】
これが震災前のつながりの様子です。
この大きな楕円は地域を表しています。一番大きい楕円は被災3県外、次に仙台市、石巻市と続きます。
楕円は1個1個の丸で構成されており、この丸が人ひとりです。丸の大きさは指名の量を表しています。丸が大きいほど指名を受けている、ということです。線はそのつながりです。震災前の社会ネットワークを可視化してみると、仙台市以外ほとんどつながっていないことがわかります。
「あの人大丈夫かな」と応援に行ったり支援したりするわけですが、その相手が仙台市の人ばかりで、仙台市の中でもたくさんネットワークを張っていることが分かります。これが、震災後どうなるか見てみましょう。
【図9】
つながりの線が増えましたね。ところどころ大きい丸があることがポイントで、解析をするとこのようになります。
【図10】
左下のグラフを見てください。横軸の1から13までの数字が指名を受けた人数です。
459人いたうちの約350人は1人から指名受けています。2人から受けた人は50人、3人から受けた人はぐっと減って10人ぐらい。
しかし、1人だけ13人 から指名を受けた人がいます。80人に聞いて13人から指名されたということですから、「どんな人気もんなん!」ということです(笑)。
社会のネットワークの形はインターネットと同じ!?
ほんの一握りだけ、ものすごい数の指名を受ける人がいる。
このネットワークのつながりの形があるものにそっくりなんです。それは、インターネットです。
世界中には10億以上のウェブサイトがありますが、今日のランチはどこいこうかなと調べると、その10億の中から、わずか数回のクリックで欲しい情報にたどり着きますよね。それは、GoogleやAmazonという検索サイトが非常におおくのリンクを把握していて適切なサイトを教えてくれるからです。
つまり、GoogleやAmazonという検索サイトが、まさに、この13人から指名されるような人の役割をしている、全く構造が同じなんですね。このNPOのような「非営利でいいことしたいな」という世界は、インターネットと同じようなネットワークの世界である、ということです。
「こういうことならあの人に聞いたら色々教えてくれる」、「あの人に話したらどうしたらいいか分かる」という人が一握りいる、という構図がわかりました。それは、つまり「ハブ」となる人、多くの社会ネットワークとつながっている人です。
身近でハブというのは自転車の車輪の真ん中のスポークという針金が多数つながっている部分のことですが、そういう存在がほんの一握りだけいて、彼らがインターネットと同じレベルの情報伝達の効率性を実現させているんですね。
例えば、子ども用品の会社の経営者が「子どもの支援をしたい、どっかええとこないやろか」となって、「あ、それやったら陸前高田のあの団体が合うんじゃないですか」とつないでくれるとか。仙台のある団体が仮設住宅の入居者の支援の仕方に困っていて、「他の地域でどういう風にやってるか知りたい」とある人に聞いたら「ああ、そうしたらあの地域がいいんちゃうかな」と紹介してくれて、どういう風にして自治組織を経営していったらいいか教えてもらうとか・・・その一握りの人を通じて、こういうことが現場で起こっていたわけです。
例えば、国が政策立案にあたって「〇〇総研」などに調査をお願いすると、時間も数ヶ月掛かりますし1~3000万円ほどかかります。
ところが、ハブとなる人に聞くのは電話1本5分で無料、しかもダイレクトにつながります。そうやって全国につながりを張り巡らしながら、新しいアイデアややり方や、支援先や人などをマッチさせて多様な問題に合わせていく。
こういう仕組みが世の中にはあり、そのキーマンが「ハブになっている人」ということになります。
3. ハブ(≒優秀なコーディネーター)はどんな人?
このハブとなる人を紹介しましょう。先程の【図9】でいうと岩手県の1番大きい丸の人、それがNPOの中間支援を担う「いわて連携復興センター」のKさんです。Kさんのfacebookをみると、講演会もしていますが、まあ、だいたい飲んでます(笑)。
どういうことかというと、人と集まって腹を割って喋って、この人が地域の中で何をやっているのかを把握して、その人はどういうことで困っているかを、聞いて集めているんです。
同時に外ともいろんなつながりを作って、「こことここをマッチさせたらうまくいくな」と、ずっと考えながら NPOなどの応援をしています。まあ「人たらし」で面白い人です。「Kさんに言われたらしょうがない」「とりあえず1回Kさんに聞いてみよう」となる人なんです。
Kさんは、自分のことを「コーディネーター」と呼んでいます。日本語でいうと調整者、ですね。
いろんな人と接点を作っていくなど、縦割とは違う響きを感じますよね。実際、コーディネーターなる職種はとても増えていて、ボランティアコーディネーター、地域コーディネーター、生活支援コーディネーターなどなど名付けられています。コーディネーターとは名乗らなくても、地域福祉だとコミュニティソーシャルワーカーなどよく似た職種もありますね。
優秀なコーディネーターは「ハブ」のような存在
ハブとなる優秀なコーディネーターの典型的な人を統計的に見てみると、中間支援という“NPOを支援するNPO”に所属している人が多いです。商工会やJC(青年会議所)に入っていたり、企業経験が長い人や行政と兼業していたりした人など、他の組織の文化が分かって言葉を合わせられる人でもあります。
彼らにコーディネーターとは何か聞いてみると「wi-fiルーターみたいなもんや」と。つながっていますからね。
また、「ルート営業型の中間支援」と言っていたりします。訪問していろんな人と喋ると、いろんなやっかいな問題が出てくるので、それぞれの問題に向き合い、応援するという役回りを担っています。
【図11】
ハブ上位の人に、どんなことを考えて仕事をしているのか聞いてみると、以下のような言葉がありました。
「全体状況を総合的に俯瞰して、ここ声上がってないやんかとか、困ってるはずやのに、ここどうなっているねんと思いながら、いつかは当事者が表に出るべきなので、僕は表に出ないで、必要 なことを実現してくれる人には耳打ちして裏の調整をする」
「課題をNPOが解決しているからNPOが大事なだけであり、NPO セクターがどうなろうがどっちでもいい。世の中が良くなればよい」「通訳みたいなことは多いかもね、行政とNPOだから言葉が通じないじゃん」
「結果として譲れないところもあるけど、そこに至るアプローチにこうしなければならない、こうあるべきだではなく、理想形としては まわりが勝手にというのがよい」
「人とのつながりがすごく大事だと思うので、いった先々ではそこの人たちとどうつながるのかを大事にし、結果として「信頼形成コストがいらない人たち」が現れ、重要な情報をその人に聞くことができる
組織と組織、例えば、行政とNPOは文化も違えば生きている世界もそれぞれ違います。
文化の「翻訳」を通して、その間をうまくつなぐようにしたり、この問題なら一緒にやっていけるという問題の軸を合わせたり、いろんな資源や知識を動員したり、場合によっては新たな組織をつくったりすることにつながります。
彼らはそうした様々な技法を使いながら、地域でうまく問題解決をしていくことを促進させています。
そして、大事なことはこれです。
自分だけ得しちゃだめ
コーディネーターは、必ずしも利害関心が合わない複数の人物や組織から知識・資源を動員する必要があるため、自らの直接的な 利害関心に応じて合理的かつ機会主義的に振る舞うことを抑制し、複数の人物や組織間で集合的に設定される目標に応じて振る舞うことを是とする、「私益禁止の規範」を内面化する必要がある。
コーディネーターは、自分だけ得しちゃだめなんですね。
「私益禁止の規範」と私は言っていますが、コーディネーターが儲かるように振る舞ったら「おまえの金儲けのためやないかい」って言われるわけです。
そうではなくて、なんとかこの地域を応援したい、この組織を応援したい、この地域を良くなるようにしたい、だから周りが勝手に動いていくのがいい。自分が先頭に立つのではないけれども人を動かしていく。
今、こういう存在というのが、地域と地域をつなげながら、あらゆる問題に対して、様々な知識や資源を動員していく条件になっています。
冒頭の【図1】で、地域づくりにはどのパターンがいいか考えました。
右側のネットワークで行う場合に中心にいる人というのは、こういう素養がある人たちなんですね。自分が引っ張っていくタイプではなくて、周りが勝手に動き出していく、そういう人こそが、大災害の現場で復興を進めるといった、やっかいな問題に対する次の政策や次の仕組みなどのイノベーションが生み出していくのだと思います。
皆さんの地域でも困り事がいっぱいあるはずです。
こういうコーディネーターという存在は、もしかすると皆さんかもしれないですし、もし「あの人そういうタイプやな」という人が周りにいれば、その人の存在を意識して動いてみていただけると、新しい何かが出てくるんじゃないかなと思います。