総合事業のフルモデルチェンジ~絶対的人材不足時代への処方箋~2025年度 市町村向け地域づくり研修会から【前編】
2025年11月7日
「高齢者の多様なニーズに応える地域づくりを、どう評価し、どう進めればよいのか?」
全国の高齢者福祉に関わる市町村担当者が抱えるこの課題に、2024年度に改正された総合事業のガイドラインにおいて、新たな評価の指標が示されました。
大阪ええまちプロジェクト「市町村向け地域づくり研修会」(2025年7月15日開催)では、講義とグループワークを通して、新たな評価の考え方と指標について、さらにデータ活用とワークシートを取り入れた、いま自治体に必要な取り組みは何かを検討するポイントについて理解を深めました。
この記事では、講師に岩名礼介氏をお招きした、講義の重要なポイントについてお伝えします。
(こちらは前編になります。後編はこちら)

講師:岩名 礼介(いわな れいすけ)氏
三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング 政策研究事業本部 社会政策部 主席研究員
https://www.murc.jp/service/professionals/37531/
以前、こちらの研修で一度講師としてお話させていただき、あれから約6年が経ちました(研修レポート)。そして昨年(2024年)、生活支援体制整備事業・総合事業の見直しが行われて、内容がかなり変わりました。
法律が変わっていないので、大きな転換に見えないかもしれません。でも私の感覚で言うと、違う制度になったぐらい変わったという認識です。
今日は少し大きな視点から見た話もします。
2015年に生活支援体制整備事業が始まり、この10年間で変わったことはたくさんありますし、これから10年間は非常に難しい時期を迎えます。
「これから厳しい時代だ」という言い方は、介護保険制度が創設された2000年当時から、この25年間ずっと言われてきているので、皆さんも耳が慣れてしまっているかもしれません。「警鐘の鳴らし疲れ」と感じる方もいらっしゃるでしょう。
しかし、ここからがいよいよ厳しい局面だと思います。その理由を明確に今日ご説明しようと思っています。
また、総合事業がどう転換したのか、評価をどう行うのかについて、私が担当した調査研究事業での知見も交えてお話ししていきます。
1. 導入:本当の人材不足はこれから始まる
「介護人材が不足している」という言葉は、大きな誤解を生んでいます。
「増えても足りない」から「ついに減り始めた」へ

実は、介護職員の数は2022年まで、一度も減ることなく増え続けてきました。
要介護者の伸び率よりも、従事者の伸び率の方が高かったのです。
しかし、2022年をピークに、介護職員はついに減少基調に入りました。介護保険制度が始まって以来、初めての減少です。

生産年齢人口は1995年を境に30年弱で1300万人も減っていますが、これまでは女性と高齢者が労働力として増えていたおかげで、就労人口はなんとか維持されてきました。
ですが、その伸びもいよいよ頭打ちです。
これからは、人材が増えない中で、需要だけが急激に増えていく社会を迎えます。
これが「絶対的」人材不足時代の本当の始まりです。
本当の指標は「65歳以上」ではなく「85歳以上」
では、その「需要」とは何でしょうか。
多くの方が事業計画で65歳以上人口を見ていますが、本当に重要なのは85歳以上人口の動向です。
データを見れば明らかです。
前期高齢者(65~74歳)で要介護認定を受ける方は4.3%ですが、85歳以上ではその割合が6割近くにまで跳ね上がります。

最初に要介護認定を受ける方の全国平均年齢は約82歳。
つまり、介護ニーズ(需要)のトレンドは85歳以上人口の伸びと強く連動します。
団塊の世代は今、75歳を超えたばかりです。75歳というと、周りを見てもお元気な方が多いのではないでしょうか。
しかし、あと5年もすれば団塊の世代は80代に突入し、介護ニーズは爆発的に増加します。
一方で、担い手は増えない。この需要と供給の同時発生こそが、私たちが直面している危機です。
総数だけではない、人材の「偏在」という課題
さらに、人材不足問題は単純な総数の話ではありません。
訪問介護では職員の高齢化が進み、介護の担い手が急速に減少している中山間地域もあります。
また都市部では、サービス付き高齢者向け住宅専門の訪問介護事業所に人材が集中し、地域で暮らす方へのサービスが手薄になるという偏在も起きています。
人材は減り、需要は急増し、地域による偏りも深刻化しているという現実があります。
2. 総合事業の「フルモデルチェンジ」とは
こうした背景の中、令和6年8月に行われた総合事業の見直しは、まさに「フルモデルチェンジ」でした。

法律は変わっていませんから大きな転換に見えないかもしれませんが、中身は全く違う制度になったと言えるほどの変化です。
そのポイントは、大きく3つあります。
1.選択肢を増やすための「機能分化」による地域との融合
従前相当サービスでは7時間のデイサービスが多いですが、今は短時間のサービスを提供しているところも人気です。2時間くらいだったら楽しく話して、少し体を動かす、そういったニーズがあります。この10年間でも利用者の文化的背景や志向性も変わってきたことでニーズは多様化しています。
今回の改革は、従前相当サービスを「総合的なサービス」と定義しなおしたことで、それに対して「機能分化したサービス」という新たな概念が生まれたと私は考えています。
入浴・食事・リハビリといった機能を分解(機能分化)し、地域の多様な担い手が参画しやすくする方向性が示されました。
高齢者の選択肢を増やすこと、それがゴールです。
2.地域包括支援センターの「包括的支援化」
地域包括支援センターは今、どこもパンク状態です。これでは、今後ますます複雑化する生活課題に対応できません。
そこで、地域包括支援センターが本来の役割であるアウトリーチや制度の隙間を埋める活動に注力できるよう、業務負担を大幅にカットする仕組みが組み込まれました。
目指すのは、 「紙」と向き合う時間から「人」と向き合う時間へのシフトです。
3.加速化する「従前相当サービス」から「多様なサービス・活動」へのシフト
地域包括支援センターの負担軽減は、ただ待っていても実現しません。
従前相当サービスを分解し、多様なサービスに切り替えることではじめて、ケアプラン作成やサービス担当者会議、モニタリングといった業務が簡素化(ケアマネジメントB/Cの活用)できるという仕掛けになっています。
従前相当サービスを抱えたままでは、地域包括支援センターの業務負担は変わりません。
これら3つは、すべて連動しています。
多様なサービスが増えれば、地域包括支援センターの負担が軽くなり、本来やるべき支援に時間が使えるようになる。
この好循環を生み出すことが、今回の改革の狙いです。

鍵は「基準緩和型サービス」から「機能分化」への転換
その鍵を握るのが、「基準緩和型サービス(サービス・活動Aなど、以下「基準緩和」という。)」から「機能分化」への発想転換です。
これまでの「基準緩和」は、介護保険のルールを少しだけ緩めて民間企業の参入を促すものでした。
しかし、実態としては既存の介護事業所が安い単価で事業を引き受け、経営難を加速させる結果を招きました。
しかし「機能分化」は「民間企業を介護の土俵に上げる」のではなく、「介護が民間企業の土俵にお邪魔する」という発想の転換です。

サービスをバラバラにすれば、温浴施設、飲食店、スポーツジム、家事代行サービスなど、部分的に担える事業者は地域にたくさんいるはずです。
重要なのは、利用者に「1割負担」を求める介護保険の発想から脱却することです。
例えば、スポーツジムの月額会費は通常通り払ってもらい、要支援者特有のケアニーズへの対応部分だけを総合事業で補助する。
こうした柔軟な仕組みこそが、地域に眠る資源を掘り起こし、持続可能な支え合いの仕組みを創るための第一歩となります。
3. 発想の転換:民間企業の土俵で考える
機能分化によって多様な主体に参画してもらうために、私たちの発想そのものを転換する。これまで私たちは、「介護保険の土俵に民間企業に乗ってきてもらう」と考えてきました。
しかし、民間企業からすれば、わざわざ不慣れな介護保険のルールに合わせてまで参入するメリットはほとんどありません。
これからは発想を180度転換し、「介護側が、民間企業の土俵にお邪魔する」という姿勢、つまり、民間企業が自由な発想で行っている既存のサービスを前提に、そのサービスを要支援者などが利用しやすくするために、行政が追加的なサポート(例えば総合事業での補助など)を工夫するということです。
沖縄県ではこういう話があります。
「高齢者フレンドリーなまちづくり」という動きで、万国津梁(ばんこくしんりょう)会議が提言しているものです。
令和6年度超高齢社会に対応する公共私の連携に関する万国津梁会議 提言書手交式|沖縄県公式ホームページ
要は、スーパーも飲食店もスポーツジムも、みんな高齢者が使いやすいようにしていきましょう、という話です。

考えてみれば当たり前で、これから高齢者がどんどん増えるのに、若い人向けのサービスばっかりやっていたら、お客さんはいなくなってしまいます。
企業も生き残るために、高齢者に優しくならざるを得ないということです。
このとき、「1割負担」という介護保険の固定観念からも脱却する必要があります。そもそも1割負担という発想は介護保険給付の考え方です。
これからは保険給付で実施する「指定A」ではなく、要支援者に必要なサービス部分を委託契約等で支払う「委託A」をイメージすることが重要です。
民間サービスの標準価格は利用者に普通に払ってもらい、要支援者特有のケアニーズへの対応部分や、どうしても金銭的に難しい部分についてのみ、総合事業で支援する。
そんな柔軟な発想が、持続可能な仕組みを創る鍵となります。
人口規模と事業所の存在確率
特定の事業所(スーパー、介護事業所など)が存在するためには、ある程度の人口規模が必要です。国土交通省の資料によると、主な事業の存在確率と人口規模の関係は以下のようになっています。
(例:総合(大型)スーパーが地域にあるかないか: 地域の人口が47,500人の場合、五分五分の確率で存在。62,500人では80%の確率で地域に存在)

暮らしを分断する「3つの断絶」を乗り越える
今回の改正で変わった点として、今まであった「断絶」がなくなる、ということがあります。
まず一つ目の断絶。
元気な時はスポーツジム通っていたのに、要支援になったら「もうジムは卒業、デイサービスへ」となり、好きな場所をあきらめないといけません。
二つ目。
私たちの生活というのは、普通のお店やサービスと、介護保険の世界とで、完全に分かれてしまっているように思えます。
元気なうちは民間で生活しているのに、要支援認定を受けると突然、医療・介護の領域に生活圏が変わってしまいます。
三つ目。
要支援の時に使っていたサービスが、要介護になったら「もう使えません」と言われる。
慣れ親しんだものを続けたいという思いはあっても使えません。

今回の改正で、こうした断絶を乗り越える仕組みが導入されました。「弾力化」の拡大もその一つで、要介護になっても使い続けられるサービスが増えました。これまでは住民主体のBサービスなどに限定されていた、要介護状態になっても総合事業のサービスを継続できる仕組みが、今回の改正でAサービス(委託サービス)などにも拡大されたかたちです。
またA型・B型の違いも、企業・団体/住民主体といった支援を受ける側の主体に着眼する分類から、委託/補助といった財政的な支援手法の分類に再整理されました。
例えば、中山間地域で命綱になっている移動販売車、そのガソリン代や保険料などを総合事業で補助できるようになりました。これは、すごいことだと思います。
4. なぜ今、転換が必要なのか:制度という積み木の隙間を埋めるものの消失
研修では、よく「積み木と瓶」の例えを使います。
瓶がその人の抱える生活課題の大きさだとすれば、行政の制度やサービスは四角い「積み木」のようなものです。
積み木(制度)は確実性が高い一方で融通が利きません。どれだけ瓶に詰めても、必ず隙間が生まれてしまいます。

制度は自動販売機のようなものです。150円を入れたらお茶が出てくることを約束してくれます。だけど『このお茶、もうちょっと濃くして』と言っても絶対してくれません。
制度やサービスだけでは人の生活を支えきれない。
そして、今の社会で問題になっているのは、まさにこの「隙間」が複雑に生み出している生活課題です。
かつては、この隙間を埋めてくれるやわらかいものが、私たちの社会にはありました。
家族、地域のつながり、安定した雇用を前提とした企業福祉、そして、地域にいて調整役を果たしてくれる人たち。
しかし、社会構造の変化とともに、この隙間を埋めるものはどんどん失われ、制度の限界が露呈しています。
今、地域福祉で叫ばれる「制度の隙間」の問題や、重層的支援体制が必要とされる背景は、まさにここにあるのです。
制度だけでは埋まらない、積み木の外側にあるもの、つまり地域の多様な主体、柔軟な住民主体の活動が、結局のところ効いている部分っていうのがあるのは、私たちは絶対に忘れてはいけないです。
住民と民間企業の力も借りて、この隙間を埋めていく必要があるのです。
5. 上限額管理の重要性
「なんでもあり」の裏側にある現実
今回の改正で、総合事業は「なんでもあり」と言えるほど自由度が高まりました。
訪問介護の範囲を超えるような、例えばペットの世話や墓掃除といったサービス提供も理論的には可能です。
でも、自由度が高まる一方で、サービス提供量を適切にマネジメントし、上限額の範囲内で事業を行うことが、これまで以上に重要になっています。

ここで注意しなければいけないのは、上限額を超えたらどうなるかということです。
上限額を超えた場合の個別協議の条件が、これまでの実施要綱から政令・告示へと規定が明確化されました。
今までは結構ゆるかったのですが、今回からルールがかなり厳しくなり、国がしっかりチェックするよ、ということです。
上限額を超えた場合、その分は全部市町村の持ち出しになります。実際、億単位で一般財源から出さなければいけなくなった自治体もありました。上限額の管理には特に気をつけていただきたいと思っています。(上限額の確認方法は後編で説明しています)
二つの制約条件とバランス
「なんでもあり」に見えるからこそ、「人材」と「財政」という避けられない制約条件を常に意識する必要があります。
人材は増えない。むしろ減っていく。財政も限られている。この現実の中で、どうやってサービスを提供していくのか。
アセスメントを徹底して、本当に必要な人に必要なサービスを届ける。そのバランスを取りながら事業をデザインする能力が問われていると思います。
6. 地域共生社会への展望:総合事業改革が目指す未来
私たちが本当に目指すべきもの
ここまでさまざまなお話をしてきました。
人材不足、財政制約、そして総合事業のフルモデルチェンジ。
では、この改革が究極的に目指すものは何でしょうか。

それは単なる制度の効率化ではありません。
目指すのは、高齢者一人ひとりが「自分らしく」生きられる地域です。
岡村重夫という地域福祉の大家の著書「社会福祉論」を昨年読み直したのですが、
「どんなに物質的に豊かな支援でも、画一的な処遇では人を満足させられない」といった趣旨のことが書かれていて、大事だなと改めて思いました。
まさにその通りだと思いませんか?
理論から実践へ
ここまで総合事業がどう変わったか、なぜ変わったか、という大きな話をしてきました。
皆さんの地域でどうやって地域包括支援センターの皆さんの負担を減らしながら、より良い支援を実現するか、どう生かすのか、ということを後編でお伝えしていきます。
(後編へつづく)
