あなたの「ほっとけない」が、地域のチカラに変わる 支え合いが持続するための、開かれたコミュニティへ(大阪ええまちプロジェクト 大交流会 基調講演)
2026年5月14日
2026年2月21日、ドーンセンターで開かれた「大阪ええまちプロジェクト大交流会」。地域活動に関わる団体さんや行政関係者、企業の方々、プロボノワーカーなど、さまざまな立場の人が集い、活動のヒントや新しいつながりを生み出す時間となりました。
基調講演では、関西学院大学人間福祉学部准教授の柴田学先生が登壇。地域活動はどこから生まれるのか。人と人との「つながり」の中で、どのように地域のチカラが育っていくのか。ご自身の原体験を交えながら、経済の視点から地域づくりのヒントについて語っていただきました。

基調講演ゲスト:柴田 学(しばた まなぶ)さん
関西学院大学 人間福祉学部 准教授
大阪府立大学大学院人間社会システム科学研究科博士後期課程単位取得退学/博士(社会福祉学)
川崎医療福祉大学、金城学院大学を経て、現職。専門は、コミュニティビジネス論、社会的連帯経済(つながりの経済)、協同労働、コミュニティワーク。著書に「地域福祉実践としての経済活動――コミュニティワークの新たなアプローチ」(単著,関西学院大学出版会,2024年)「社会的企業とウェルビーイング」(共訳、日本評論社,2025年)がある。
今日は、「ほっとけない」という感情が、どのように地域の力へと変わっていくのか。そのことを、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。
私の研究テーマは、コミュニティビジネス論や「つながりの経済」です。とくに、「経済活動」という言葉をキーワードに、地域のなかで人が支え合いながら暮らしていく仕組みについて研究してきました。また、三人から設立できる労働者協同組合を主とした協同労働のあり方や、地域づくりの方法論であるコミュニティワークにも関心があります。
まずは、私自身の原体験からお話ししたいと思います。
私は徳島県出身で、つるぎ町という町で育ちました。実家は米屋を営んでいて、車でお米を配達していました。私が小学生の頃から、町では過疎化と高齢化が進んでおり、一人暮らしの高齢者もたくさんいました。ですから、米屋の仕事は、ただお米を届けるだけでは終わりません。重たいお米を米びつに入れるのを手伝ったり、「ごめんやけど、電球替えてくれへん」と頼まれたら交換したりする。そして、そのあとにお茶を飲みながらおしゃべりをして帰る。店に戻れば、お米を買うついでに2、3時間ずっと話し込んでいくお年寄りもいて、店がサロンのようになっている。それが日常でした。
今で言えば「生活支援」や「見守り」に近いことかもしれません。でも当時は、商売の中で当たり前に行われていました。昔は、こういう一見非効率なことも含めて、商いとして成り立っていたのです。そんな原体験から、私のなかにはずっと、経済と福祉は本来切り分けられないのではないか、という感覚がありました。
「三方よし」と「ほっとけない」
関西には「三方よし」という考え方があります。
売り手よし、買い手よし、世間よし。
この「世間よし」という考え方、つまり、社会にとって良いことをしたいという感覚が、今日のキーワードの「ほっとけない」につながってきます。

そもそも、経済活動とは何か
皆さん、「葉っぱビジネス」という言葉を聞いたことはあるでしょうか。徳島県上勝町で始まった、いわゆる“つまもの”を出荷する事業で、4件の農家からスタートしました。上勝町は人口1,275人、高齢化率も50%を超える地域ですが、令和6年度には彩事業として年商2億円以上を上げたそうです。
修士課程の頃、私がコミュニティビジネスの研究に関心を持ったのも、地元・徳島でこの「葉っぱビジネス」が展開されていることを知ったからでした。このケーススタディを通じて、私は「働くこと」や「お金を稼ぐこと」、さらには「それによって生きがいが生まれること」も福祉につながるのだと気づきました。
自分が子ども時代に経験してきたように、経済と福祉はきっぱり分けられるものではなく、実際には混ざり合っているのではないか。福祉のあり方は、もっと幅広く捉えられるのではないか。そんなことを考えるきっかけになった研究でした。
その後、コミュニティビジネスを研究するなかで、そもそも「経済とは何か」を改めて考えるようになりました。経済とは、人々の欲求に対して財やサービスを提供するために、資源を配分する仕組みです。
たとえば「ポテトチップスが欲しい」という人がいれば、材料を集めて商品を作り、それを欲しい人に届ける。この資源の配分の仕組みが経済です。
その中で、私たちがよく知っているのが「市場経済」です。
市場経済は、同じ土俵で競争するシステムです。AのポテトチップスとBのポテトチップスがあれば、安くておいしい方が売れる。競争し合うことで売れない商品は市場から消えていく、つまり、比較を成立させるメカニズムによって勝者と敗者が生まれるわけです。

労働に置き換えても同じです。営業成績が良い人は報酬が得られ、成績を上げられない人は報酬が下がる。こうして、数字上での“負ける人”と“勝つ人”が生まれます。
そう考えると、福祉の世界において、市場経済はときに“敵”のように見えることすらあります。市場経済から排除され、突然リストラされて仕事を失ったり、障がいによって働ける機会が縮小したり、ドロップアウトしてしまったりすると、社会そのものからも排除されてしまう危険があるからです。
経済と社会の関係を考えるとき、私たちは「何のための経済なのか」「どのような経済によって何を達成したいのか」を問い直す必要があります。富の最大化を目指す経済なのか。それとも、地域や暮らしの持続可能性を支える経済なのか。本来は、経済のために社会があるのではなく、経済のために私たちが存在しているわけでもないはずです。

経済には、三つの仕組みがある
私がコミュニティビジネスを研究するなかで見えてきたのは、経済は市場経済だけではなく、多元的なものであるということです。
経済には、大きく三つの仕組みがあります。
一つは市場。企業が商品やサービスを提供し、その対価としてお金を得る仕組みです。
二つ目は再分配。税金を集め、それを公共サービスや福祉として再び分ける仕組みです。
三つ目が互酬、つまり支え合いです。
コミュニティビジネスは、この三つを組み合わせながら成り立っています。

再分配の象徴として、たとえば財政があります。財政は、お金儲けが発生しない経済活動とも言えます。皆さんから税金を徴収し、その税金を福祉サービスや直接給付に変えていく。これもまた経済です。
また、「つながり」や「支え合い」も経済の一つのあり方です。ボランティアも、労働力を分け与えるという意味では資源を配分し合っているので、これも経済の一つと捉えることができます。
たとえば、地域の住民がボランティアとしてコミュニティビジネスに関わっているかもしれません。カフェをビジネスとして運営しているかもしれないし、公的資金を活用しながら運営を維持しているかもしれない。そこには「市場」「再分配」「支え合い(互酬)」が同時に存在しています。こうした複数の仕組みを組み合わせたものとして、コミュニティビジネスを捉えることができます。

私はこのように、経済活動の多元性に着目しながら、広い意味でコミュニティビジネスを考えています。経済活動を市場経済だけで見るのではなく、再分配の経済や互酬の経済も組み合わせながら実践している、ということです。
実は、日々の暮らしを振り返ってみても、私たちは市場経済だけで生きているわけではありません。再分配の経済も、広い意味での助け合いである互酬の経済も、当たり前のように活用しています。そう考えると、社会サービスの展開もまた、経済活動の一つのパターンとして見えてくるはずです。
地域資源は「循環」する
コミュニティビジネスの面白さは、地域資源を活用するところにあります。地域資源には、自然や土地といった天然的な資源もあれば、神社、公園、鉄道などの施設的・設備的な資源もあります。
それだけではありません。目に見えない意識的な資源もあります。「私たちはこの地域の住民だ」という地域への愛着や、社会貢献したいという思い、そして「ほっとけない」という気持ちも、重要な地域資源になり得ます。

この「ほっとけない」という感情を資源として活用している代表的な例が、クラウドファンディングです。何かに共感して、「寄付したい」と思って資金を提供する。そこには「ほっとけない」という意識があり、それが資金へと形を変えて活動に還元され、循環していきます。
地域づくりを進める際には、こうしたさまざまな地域資源を活用しながら活動が行われ、その活動がまた地域の力として蓄積され、次の活動へとつながっていきます。つまり、地域資源は循環することで、次の地域づくりの展開を支え、地域の基盤を形成していくのです。
つながり、支え合いから地域活動を考える
では、「つながり」や「支え合い」という視点から、改めて地域活動について考えてみましょう。
私が研究しているキーワードの一つに、「社会的連帯経済」という概念があります。「連帯」と聞くと、「連帯責任」のような言葉を思い浮かべて、少し重たい響きを感じる方もいるかもしれません。ただ、ここでいう連帯とは、「つながり」「支え合い」「分かち合い」といった意味を持つ言葉です。
社会的連帯経済とは、人と人がつながることによって成り立つ経済活動のことです。私はこれを「つながりの経済」とも呼んでいます。それは、一人の資本家や起業家が単独で担う経済活動というよりも、人と人がつながり合いながら形づくられていく経済活動です。

この図は、ミラーという研究者が示した「社会的連帯経済(つながりの経済)のマッピング」です。たとえば「生産」という場面でいえば、みんなが資源を持ち寄ってものをつくるDIYも、経済活動の一つとして位置づけられます。
アメリカのあるコミュニティには、お金でやり取りするのではなく、物と物を交換し合って支え合う“物々交換クラブ”もあります。ほかにも、消費者協同組合や、商品を買うことが社会貢献にもつながるエシカル消費、コンポストやリサイクル、資金調達など、さまざまな場面に「つながりの経済」は存在し、循環しています。つまり、つながることによって生まれる経済活動は、とても多様なのです。
こうした「つながりの経済」という見方は、地域活動を考えるうえでも重要です。地域活動もまた、一人で完結するものではなく、人と人とのつながりや支え合いのなかで成り立ち、広がっていくものだからです。
地域活動は四つのバランスで成り立つ
コミュニティビジネスや地域活動は、四つの要素のバランスによって支えられています。
その四つとは、「人とのつながり」「課題解決への応答」「活動を支える財源」「楽しさや充実感」です。これらが相互に関わり合うことで、活動は無理なく維持され、広がっていきます。

たとえば、課題解決への応答だけに集中すると、「やらなければならない」という義務感が強くなり、活動が重たく感じられてしまうことがあります。また、財源のことばかりを考えていると、活動そのものの意味や手応えが見えにくくなることもあります。
逆に、楽しさや充実感だけでは、活動を持続させるのは難しいでしょう。同じメンバー、同じやり方だけで活動を続けていると、どうしてもマンネリ化してしまうことがあります。
だからこそ、「人とのつながり」を含めた四つの要素を、バランスよく捉えることが大切なのです。
さらに、自分たちだけで活動を続けていると、どうしても行き詰まりやマンネリ化が生じやすくなります。地域活動を広げていくためには、外とのつながりも欠かせません。ネットワークを広げ、異なる立場や視点を取り込むことで、活動は刺激を受け、促進されます。
これは「内発的な発展」という考え方にも通じます。内発的に力を高めていくためにも、実は外部からの刺激や新しい出会いが重要なのです。
共感は人を動かす力になる
地域活動は、多くの場合、誰かの「ほっとけない」という気づきから始まります。しかし、一人では取り組みきれないからこそ、それに共感してくれる仲間が必要になります。そして、「これは他の地域でも必要なのではないか」と広がっていくことで、社会的な課題として共有され、やがて自治体の政策課題にもなっていきます。
今は、自治体が一方的に何かを決めて動かすというよりも、皆さんの活動を下支えするために自治体が動く時代になってきています。地域活動という力の源泉を生み出すのは、まず市民の側の協働であり、それを自治体がバックアップする。そうした関係が、今の時代にふさわしいあり方だと思います。

「ほっとけない」と「共感」
ここまで「ほっとけない」が大事だとお話ししてきましたが、その際に欠かせないのが「共感」です。
「共感の経済」とも言われるように、つながりの経済は、「つながろう」と思わなければ始まりません。そして、そのつながりを生み出す場面で、大きなキーワードになるのが共感です。
かつて地域活動は、まず建物をつくる、制度をつくるといった“ハード”から始まることが多くありました。場所や仕組みを整え、そのうえで“ソフト”を用意し、最後に活動を担う“ハート”のある人を探す、という順番だったとも言えます。
しかし、今の地域活動はそうではありません。まず必要なのは“ハート”です。「こういうことをやってみたい」という思いがあり、その思いから「では、こんな活動をしてみよう」という“ソフト”が生まれ、最後に場所や仕組みといった“ハード”が整っていく。そうした流れが、今の時代にはよりふさわしいのです。

そして、そのハートに働きかけ、人を動かすものとして、「ほっとけない」という感情が大きな意味を持ちます。共感は、人を動かす着火剤になり得るのです。
では、共感とは何でしょうか。
私は、共感には大きく三つの次元があると考えています。
一つ目は、気持ちを共有すること。
二つ目は、相手の気持ちについて考えること。
三つ目は、その人に対して配慮し、行動につなげることです。

一つ目の「共有」は、たとえばクラウドファンディングで「そんな活動があるんや、寄付したい」と思うことにも表れます。「そんなつらいことがあったんやね」と気持ちを重ねることも、ここに含まれます。
二つ目と三つ目は、もう少し難しい段階です。「その人は、どんな気持ちでしんどさを抱えているのだろう」と想像し、相手の立場に立って考えてみること。そしてさらに、「安心できるように配慮しよう」「何かできることをしよう」と行動に移すこと。共感には、こうした段階の違いがあるということです。
「共感」は諸刃の剣でもある
ただし、共感は常に良い面だけを持つわけではありません。共感は、諸刃の剣でもあります。あまりにも相手と自分を重ねすぎると、しんどくなってしまうことがあります。価値観が合わないのに無理に合わせようとして、疲れてしまうこともあります。
また、ごく一部の共感だけが強く集まって閉じてしまうと、活動が閉鎖的になるおそれもあります。「自分たちだけが正しい」「ほかは間違っている」といった形で、正しさのぶつかり合いが起こり、分断につながることもあります。排他的な攻撃性や集団性が生まれてしまう危険もあるのです。

だからこそ、共感と同時に、学びや対話が重要になります。
何が本当に大切なのか、何が妥当なのかを、冷静な目で見つめ直すことが必要です。共感は感情を揺さぶるので、ときに主観に偏りやすい。思いはもちろん大切ですが、それだけにのめり込みすぎると、それが本当に良いことなのかが見えにくくなります。
感情だけで進むのではなく、学びながら、少し引いた視点で考えること。そのことが、共感をより豊かな資源へと変えていきます。言い換えれば、共感における「考える」「配慮する」という次元を深めていくことが大事なのです。
そうしたことを意識しながら共感を資源として活用できれば、多様な人が地域活動に参加する入口をつくることができます。共感によって関係性が生まれ、小さな関わりが積み重なることで、活動は広がっていきます。
そして、共感のプラスの側面をうまく生かすことができれば、「ほっとけない」という気持ちは、確かに地域の力へと変わっていくのです。
⽀え合いが持続するための、開かれたコミュニティへ
地域活動によって、地域を今以上に元気にしていこうとするなら、多様なつながりを形成していくことが重要です。これは、コミュニティ・エンパワメントという考え方にもつながります。
外とのつながりがあることで、コミュニティビジネスは地域外の人ともつながるためのツールになり得ます。そこから新しい事業が生まれたり、市民や消費者のエンパワーメントが進んだり、行政とのパートナーシップが広がったりする。そうした新しいつながりが、さらに共感を育て、地域を元気にしていきます。

閉じたコミュニティではなく、開かれたコミュニティにしていくためには、自分たちとは違う風を少し入れてみること、別のつながりを考えてみること、新しい地域や人とつながってみることが大切です。
自分たちだけで完結しない。外とのつながりを持つ。だからこそ、今日のような大交流会はとても大事なのです。普段はなかなか出会わない人と出会える機会ですから、ぜひ、ここから新しいつながりをつくっていただけたらと思います。
地域活動の原点は「ほっとけない」という気持ち
最後に、今日のテーマにもう一度戻りたいと思います。
地域活動の原点は、「ほっとけない」という気持ち、そしてそこから生まれる共感です。
言うならば、Warm Heartですね。でも、熱い心だけでは十分ではありません。そこにはCool Head、つまり学び、設計、対話が必要です。共感することと学ぶことは、切り離せないワンセットなのです。
そしてもう一つ大切なのが、Open Community、開かれたコミュニティであることです。外に開かれた関係性のなかでこそ、地域は元気になり、力が循環していきます。
そうしたことを意識しながら、皆さん自身の「ほっとけない」という気持ちを、ぜひ地域の力へと変えていっていただけたらと思います。

<編集後記として>
「地域活動は“ほっとけない”という気持ちから始まる」。
柴田先生の言葉は、会場に集まった参加者一人ひとりの背中を押してくれる力強いメッセージになりました。大阪ええまちプロジェクトには、地域で活動する多くの団体が参加しています。それぞれの活動の出発点もまた、小さな気づきや「ほっとけない」という思いだったのではないでしょうか。ここで生まれた出会いや新たな学びが、さらなる地域活動へと広がっていくことを願っています。
