「社会疫学」から見る 地域のつながり 支え合い(大阪ええまちプロジェクト 大交流会 基調講演)
2024年4月9日
「身近な地域がスタート地点!ここから広がる“ええまち”づくり」をテーマに、2024年2月16日 ドーンセンター(大阪府立男女共同参画・青少年センター)にて開催された「大阪ええまちプロジェクト」大交流会。
会場と、オンライン(Zoom)での視聴、合わせて150名以上がご参加のもと、
基調講演では、「社会疫学」を研究されている近藤尚己先生に、社会疫学や公衆衛生の観点から、誰もが健やかに暮らし続けるための地域づくりについてお話しいただきました。
講演の内容を、スライドを交えながらレポートします。
※本記事は、当日の基調講演をもとに大阪ええまちプロジェクト事務局が編集しています。
(講演での発言をそのまま掲載したものではなく、表現等は異なる箇所があります。)
基調講演ゲスト:近藤尚己(こんどう なおき)さん
京都大学大学院医科研究科 社会疫学分野 主任教授 医師・医学博士
2000年に山梨医科大学医学部医学科卒業。卒後臨床研修後、山梨医科大学助教、同講師、ハーバード大学フェロー、東京大学大学准教授(健康教育・社会学分野)などを経て現職。健康の社会的要因と健康格差に関する疫学研究を進めている。
INDEX
1.「社会疫学」ってなに?
今日ここには、普段からこの地域を大切にして活動されている方や、プロボノとして活躍されている方もいらっしゃると思います。皆さんの活動がどんなに役立っているのかを、私の専門である「社会疫学」という研究結果も紹介しながらお伝えしたいと思います。
私は医者として仕事をする中で、様々な方々に出会いました。
その出会いが「社会疫学」という分野を研究するきっかけにもなっています。
救急車で運ばれてきたAさんのお話(ケースから着想した架空のエピソード)
私が研修医のころに60歳の男性の方が救急車で運ばれてきました。すごく痩せて見るからに生活が厳しそうな方で、診察すると心臓の病気で手術が必要となりました。
1ヶ月間栄養をつけて手術に臨み、術後も一生懸命リハビリをして体重も増え、晴れて退院しました。
その後は公営住宅で1人暮らしをされていました。奥さんや息子さんとは絶縁状態で孤立していたこともあり、社会福祉士などと連携し、いろいろ手を尽くしたのですが、3ヶ月もすると病院に来なくなってしまいました。電話をしても出ません。
そろそろ家に駆けつけようかと話していたところ、ある日、地元新聞のお悔やみ欄にその方の名前を見つけました。
手術して、生活のことも調整して退院したのに命を救えなかった。私には忸怩たる思いがあったわけです。
このAさんに何が足りなかったのだろうとモヤモヤしていたとき出会ったのが、社会疫学という分野を開拓したイギリスの研究者であり医師マーモット先生の言葉です。
「せっかく治療した患者を、なぜ病気にした環境に戻すのか」
これ、まさに僕がやったことだなとズキンときました。
病気を治しても孤立の状況に戻してしまったら、そこでまた生きがいがない暮らしになってしまいます。こういうことを解決したいと、社会疫学の研究を始めました。
「社会疫学」とは、社会生活の影響を明らかにすること
「社会疫学」とは、生活習慣だけではなく、それを取り囲む社会生活の影響を明らかにする分野です。「運動しましょう」と言っても、できる人/できない人がいます。
そもそも、生きがいがなかったら運動するという10年後20年後まで元気にいるための「投資」のようなことはしたいと思わないでしょう。それならお酒を飲んでいたい、などとなってしまう。
私たちは、その背景に何があるのかを明らかにするために、統計的に分析しています。
この図の「社会的ネットワーク」とは「つながり」のことです。
友達がいる、地域で働く場がある、地域と繋がっている、などです。住環境も大事です。治安や交通、家の問題もあります。
なぜ、地域で「健康の格差」があるのか
社会疫学が特に明らかにしたいのは「健康の格差」です。研究者の分析結果から、最も生活が苦しい地域と最も豊かな地域の間に健康寿命の差があることが分かりました。
特に私たちが驚いたのが、最も困窮している1/100の地域です(図中、赤丸の部分)。
圧倒的に健康寿命が短い。これは昔、炭鉱があった地域や都市部の日雇労働者の方が集まる地域が多く含まれていました。日本の高度経済成長を支えてきた人たちが住むまちが、今も不健康であるということが数字で示されています。
では、どうすれば健康格差を縮められるのでしょうか。
2.「つながり資本」に着目しよう
日本にはさまざまな社会保障の仕組みがありますが、それでも格差があります。それを解決するのは「つながり資本」ではないか、ということを社会疫学は明らかにしてきました。
「つながり資本」とは、社会関係資本、ソーシャルキャピタルとも言われます。「つながり自体が、みんなが幸せになるために役立つもの」という意味合いです。つながりづくりをすると、みんなが健康になれるし、幸せになれる可能性があるということです。
では私たちは、どのようにつながりを作っていけばいいのか、という研究も進めています。2022年に全国のおよそ75の自治体と連携して調査を行いました。
65歳以上の方にアンケートを配り、友達の数、親戚や家族とどれぐらいの頻度で会話をしているか、地域のどんな活動に参加しているか、お金をいくら稼げるかなどを詳しく聞くことで、誰にとっても居心地がよくて長生きできるまちとは何かを明らかにしています。
「つながり資本」が健康的な長生きに貢献する
私たちの研究では、地域活動に参加している人は、参加してない人に比べ要介護になる割合が18%ぐらい減り、長生きの可能性が22%アップすることが分かっています。
では、どんな活動が特に役立つのでしょうか。一番は就労です。
65歳を過ぎて働いている方は長生きする可能性が高く、要介護になりにくい。スポーツや地域行事、老人クラブなど、どんな活動でもいい。そして、何らかの形で地域とつながっている、地域で活躍しいていることが大事ですし、その種類が多いほど長生きの可能性が高くなることも分かっています。
人によってやりたいことが違いますから、いろんな活躍の場がまちにあることも大事です。
もう一つ大事なのが「役割」を持つことです。
地域の集まりの場に参加して「楽しかった」「助かった」というのも大事ですが、「誰かの役に立ちたい」「感謝されたい」という気持ちが、とても大事な要素なのです。
今、全国で地域の居場所サロンづくりがさかんですが、そこで普通に参加している人と、運営する立場でボランティアをやっている人を比較すると、運営=役割を持って参加している人のほうが12%ぐらい長生きする可能性が高いことが分かりました。
研究結果では、つながりがない、つまり孤立していることは、タバコを一日に15本吸うぐらいの影響に匹敵することが分かっています。
皆さんが行っている地域でのつながりの場づくりは、本当に大事なことだということが分かります。
3.「みんなちがって、みんないい」健康まちづくり
人生100年時代と言われますが、100年間ずっと健康という人はほとんどいません。「病気がない、障害がない、気持ちが沈まない、物忘れしない」といったことが、今までの医学の「健康観」でしたが、それも変わってきています。
例えば、病気があっても「自立して生活していること」「自分らしい生き方ができること」「豊かなつながりがあること」「生きがいを持つこと」そして「社会に貢献できること」
これらが、これからの「健康観」ではないでしょうか。
人間は社会の中でつながって生きてきました。ひとりにしたらとても弱いけれど、社会を作ってみんなで協力したから、これだけ繁栄したわけです。社会的なつながりは、本能的に幸せとつながる部分ですし、社会に貢献することが幸せ感につながっていくのだと思います。
WHOが提示する「ヘルシーエイジング」の健康観
WHOも病気を克服するだけではない健康づくりを推奨しています。(参考:WHOウェブサイトより)
「ヘルシーエイジング」とは「健康な加齢」という意味で、それを実現するための方針を打ち出しています。
まず、一人ひとりが持っている、認知力や心の能力、歩く力や視覚・聴覚、あとはバイタリティといった「内在する能力」を、「環境」を整えることで伸ばしましょう、ということです。そうすることで、本人が持っている力、つまり「機能的能力」を維持することができます。例えば、人と関係を築く、買い物に行く、排泄をする、移動できるといった基本的な能力。
そして、人とつながる能力です。
さらに、この二つが特に素晴らしいと思うのですが、「学び、育ち、意志決定する能力」「貢献する能力」。これは自ら社会に貢献してのその中から学んで、成長するということ。これらの力を伸ばすことが健康につながるというわけです。
こうした「力」の維持に必要なのが「環境」です。
製品や技術というのは、例えば補聴器です。難聴は認知症のリスクになることがデータでも分かっています。補聴器を使える環境があれば、それを防いで、いつまでも社会とつながって生活できるでしょう。
あとは地域の環境も大事です。例えば、国土交通省は歩きやすいまちづくりを推進しています。
さらには、人同士がつながるような仕組みづくり。まさにプロボノのような活動を増やすとか、生活支援コーディネーターや地域包括支援センター、社会福祉協議会によるまちづくりの活動が必要であることを伝えています。
「誰もが自然と健康になれる」社会環境へ
日本でも、そういうまちづくりをやっていこう、という活動が始まります。今年の4月から始まる「健康日本21」の第三次計画です。
2000年の第一次計画では、個人の生活習慣を整えてください、というメッセージが大半でしたが、第二次、第三次と、次第に地域社会の環境を整備しよう、という要素が強くなってきました。
第三次計画では、地域社会が根底にあり、地域社会とのつながりを維持向上することで、初めて個人の健康づくりのための行動変容が起きる、と言っています。
まさに皆さんは、その土台部分を今、大阪でひろげようと活動されているのですから、胸を張っていただきたいと思います。
「地域包括ケア」でサロンづくり、居場所づくりを推進
実は、日本はそういう「まちづくり」を20年前からやっています。それが「地域包括ケア」です。
実際に何がされてきたかというと、一つが「サロンづくり」です。
私たちが研究したところ、地域サロンに参加すると、それだけで要介護になる可能性が半分以下の割合になりました。
さらに、所得が低い方や、なかなか外出する機会に恵まれない方のほうが、そうでない方よりもたくさん参加しているのです。旅行はお金がかかるけど、サロンならそんなにお金がかからない。
そういうことで、身近な居場所がたくさんできて、誰もが気軽に人とつながりやすい場が増えた。これも健康格差対策になっているのではないでしょうか。
データを開示・共有することで、サロンづくりをサポート
私たちはある実験を行いました。研究に参加している自治体の地域包括支援センターなどの皆さんに、私たちの分析結果をお渡ししました。
「地域カルテ」のようなものです。
例えば、この地域はうつ病の人が多いとか、孤立しがちな人が多い、というようなことを見えやすくマップ状にしたり、塗り分け図にして見せたりしました。
そして、そのデータから今年の予算はこの地区に使いましょうというようにサロンづくりなどの活動の優先度を決めていくような活用を支援しました。そして、その町の人たちのつながりがどう変化するかを追跡調査しました。
【事例:熊本県御船町(みふねまち)】閉じこもりの格差を減らしたい
(参考:プロジェクトの報告資料)
例えば、熊本地震の大きな影響を受けた御船町では特に山間の地域で閉じこもりが多いことがわかりました。
データを皆で見ると、サロンの数は多いのに閉じこもりが多いのはおかしいなあ、と気づくわけです。
「閉じこもり」に目標を絞り、地域間格差の改善目標を定め、差を縮めていくことになります。地域診断データを活用した取組みが始まりました。
部署間連携 を目指した「地域包括ケア推進会議」で介入する地域が選定されました。
他の部署で既に地域づくりが進められ、住民の意識が高まっていた山間地A地区が介入地域となりました。
このデータを介入地域の住民の皆さんとも共有して一緒に考えていると、「今あるサロンには参加していない、閉じこもりがちな人も来てくれるようなサロンが必要では?」といった声が出たのです。
そこで住民たちは、地域活性化協議会の中に福祉部会を結成し、廃校になっていた小学校で「ホタルの学校」という新たなサロンを作りました。みんなが昔通った小学校で懐かしい場所、給食室も集会室もあり会食もできます。地域の食材を使った「給食」が提供できました。
町社協の補助金を少し出してもらい、住民がやりたかった「配食サービス」も実現しています。そして楽しい企画を住民の皆さんが行いました。すると「今まで何年も顔を見ていなかった人が来てくれた」と喜んでいました。
実際、御船町ではこの取組みを行った3年間で、山間地と平坦地の閉じこもりの格差を1.8倍から1.4倍まで減らすことができました。
つまり、具体的なデータを見せることで、住民の皆さんの活動を後押しする結果になりました。
皆でデータをもとに話し合い、対話したおかげで、新しい「つながり資本」が増えたのです。データを使って専門家が「これやるべきですよ」と指示するのではなく、どうしようか?というのを皆で考えて、皆でアイディアを出す。
「やりたい」という気持ちに寄り添うような活動を進めていくことが大切なのかなと思います。
医療と地域をつなげる「社会的処方」を
ここで、みなさんにお願いしたいのが、この地域包括ケアづくりの輪に医療機関を入れて欲しいということです。
「社会的処方」という考え方があります。
お薬を処方するように「つながり」を処方するといった意味合いです。イギリスにはすでに「リンクワーカー」という役割の人がいて、病院から「つながり」を提供しています。本人と面談をして、その人に合う地域の活動につなげていく。そうすることで本人の居場所や活躍の場所を紹介する。
これはまさに、地域包括ケアの取組みですよね。
みなさんがされているまちづくりの取組みに、医療から困りごと抱えた人を紹介できるような連携パスを作るのです。これは国も後押しをしていて、内閣府の骨太方針の中にも、かかりつけ医と地域とがもっと連携して、社会的処分を進めていくべき、と書かれています。
そのモデル事業の一つで、三重県名張市ではリンクワーカー養成講座も行われています。
冒頭のAさんのように、いろんな事情を抱えてなかなか居場所が見当たらないという方にも参加したくなるような場を作ることが大事で、これが皆さんの役割なのだと思います。
社会的処方で活躍しているのは、実は商店街やスーパーマーケットなど、まちの生活を支えている人々です。心がウキウキと華やぐような、つながりの場をたくさんつくることがとても大切です。
【事例:福井県高浜町】みんなでタバコを吸うと、やめたくなる!?
西先生の「社会的処方」という本の中にあった事例を紹介します。
(参考:2023年2月開催 大阪ええまちプロジェクト大交流会 基調講演)
福井県高浜町で、愛煙家がタバコふかしながらタバコ愛を語る「愛煙家の集い」というイベントが行われたということです。
何回か続けていたら、ある時「タバコをやめます」と言い出す人が出てきました。おそらく、タバコを吸う仲間とのつながりができたことで、生きがいみたいなものが生まれたのでしょう。こんなに楽しい人生だったら、もうちょっと健康にも気遣ってみようかな、だったらタバコをやめたほうがいいな、となったのではないでしょうか。
「タバコはダメ」と言うだけではなくて、もっとポジティブに、本人が健康に生活したくなるような環境を作ることが大切です。
アート×社会的処方で、ハッピーなまちづくりを
最近は、医療関係者だけでなく、いろいろな担い手が社会的処方に手を挙げてくれています。
東京藝術大学では、アートの力でまちづくりを盛り上げて孤独・孤立を解決しようという巨大プロジェクトが始まっています。
また、東京の銭湯「小杉湯」では番頭さんがリンクワーカーになって、常連さんの生活の困りごとに寄り添っています。
必要であれば隣にある交流の場につなげる。様々な担い手が連携して手をつなぐことで、みんながハッピーになるようなまちづくりができる。そういう社会的処方が目指せるといいですよね。
病院も巻き込んで「つながり資本」を増やしていこう
うれしいことに、そういうことをやりたい「まちづくり系ドクター」が増えています。昨年の基調講演の西さんや、豊岡市の守本さんもそうです。
大阪にもたくさんおられるはずですので、ぜひそういった方をまちづくりに巻き込んでください。医者だから敷居が高いと思わないで、「手伝ってよ」と、どんどん声を掛けてほしいなと思います。
そんなふうにして、病院も巻き込んで「つながり資本」をみんなで増やしていきましょう。
つながりの力はお金に匹敵するぐらい大事で、最強の資本だと思います。それを作っている皆さんは、証券取引所に匹敵するぐらいの力を持っていると思って、誇りを持ってやっていただきたいなと思います。
「つながり資本」で、まちづくりを進めよう
心と体の健康だけではなく、今は「つながり」や「役割」「生きがい」も大事であることをお伝えしました。
何かサービスを行う時は「その方につながりがあるか」という視点で見てください。そして、そういう方に「おせっかい」を焼く人が、もっと世の中に増えることが大事です。
一つの団体でやれることは限られています。それぞれが、「できること」を持ち寄って、つながりの輪を作って、まちづくりを盛り上げていってください。
最後に、マーモット先生の言葉を紹介します。
GO UPSTREAM!
Do something,Do more, Do better!
“GO UPSTREAM!”は「川の上流に遡ろう」という言葉です。
病気の原因には「生活」があります。生活の問題の原因には「社会」があります。その原因の原因を遡って、そこにアプローチしていきましょう。
その一歩として“do something”、何か一つのことを始めてみましょう。そして、“Do more, Do better”、もっとやりましょう、よくやりましょう。
今、まだ始めていないのであれば、何かひとつ、小さなことでいいので、まず始めることが大事だということを、皆さんにお願いしたいと思います。
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編集後記
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「つながりづくり、地域づくりが目に見えないものではなくて、健やかに暮らすための大切な資本であることが、調査データからも分かっているんですよ」と先生のお話で知ることができました。
各地で活動されている皆さんが、周りの方にも伝えたくなるお話だったので、話すことをきっかけに、また新たなつながりが生まれそうな基調講演でした。