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ええまちづくりのええ話

大阪府内の地域団体の活動事例や、行政職員や生活支援コーディネーターの研修の発表も広く掲載。
団体の活動の参考にしたり、市町村の仕組みづくりに役立つ記事がたくさんです。

『注文をまちがえる料理店』にみる ふとした関心が集まり、広がる 活動のつくり方と伝え方(大阪ええまち大交流会 基調講演)

2022年7月26日

2022年2月25・26日、大阪ええまち大交流会は、「身近な地域の助け合い・支え合いへ 『それ、ええやん!』が伝えあえるええまちに」をテーマに、大阪市中央区にある東横堀川沿い「β(ベータ)本町橋」の配信会場とオンライン(Zoom)で開催されました。

基調講演には143名がご参加され 「『注文をまちがえる料理店』にみる ふとした関心が集まり、広がる 活動のつくり方と伝え方」と題して、小国士朗さんからお話いただきました。

お話の内容をレポートにして皆さまにもお届けします。

 

基調講演ゲスト:小国士朗(おぐに しろう)さん

株式会社小国士朗事務所 代表取締役/プロデューサー 元NHK番組ディレクター

2003 年NHK に入局。ドキュメンタリー番組を制作するかたわら、150 万ダウンロードを記録したスマホアプリ「プロフェッショナル 私の流儀」や世界2 億再生を突破した動画を含む、SNS 向けの動画配信サービス「NHK1.5 チャンネル」の編集⻑の他、個⼈的プロジェクトとして、世界150 か国に配信された、認知症の⼈がホールスタッフをつとめる「注文をまちがえる料理店」などをてがける。

2018 年6 月をもってNHK を退局し、現職。J リーグ社会貢献プロジェクト「シャレン!」(2018 年〜)、ラグビーW杯2019 日本大会のスポンサー企業アクティベーションで“にわかファン”という言葉を生んだ「丸の内15 丁目プロジェクト」(2018 年〜)、みんなの⼒でがんを治せる病気にするプロジェクト「deleteC」(2018 年〜)など、携わるプロジェクトは多岐にわたる。好きな食べ物は、カレーとハンバーグ。

違和感をおもしろがり、みんながワクワクするような絵空事を描く~人と地域を巻き込むプロジェクトのつくり方~

2003年から、NHKで主にドキュメンタリー番組制作ディレクターをしていました。33歳の時に突然心臓病になってしまったために番組を作れなくなりましたが、情報を届ける手段はテレビだけではない、社会課題をこれからも伝えていきたいと、さまざまなプロジェクトを企画運営してきました。

僕の根っこにある思いは、
「大切なことは、届かない。届かないものは、存在しない」ということ。

おもに社会課題を取り上げてNHK番組を作っていましたが、65歳以下の方に届きづらいことはデータからも明らかでした。「届けたいと思っても届かない」これは本当につらいことです。どれだけ大切な情報でも、届かなければこの世に存在しないのと同じなのです。

大切だと思うなら、なんとか届け切らなければいけない。そこに何が必要なのか?届け切るためのアイデア、表現、企画を考えて届け切ってみよう、という考えです。

一般社団法人「注文をまちがえる料理店」を立ち上げたきっかけは、認知症介護のプロフェッショナルである、現理事長の和田行男さん。2012年に彼のグループホームに、番組「プロフェッショナル仕事の流儀」の取材で訪れてひらめきました。

「注文をまちがえる料理店」ホームページ http://www.mistakenorders.com/

 

注文と配膳を行うホールスタッフがみんな認知症の方の、イベント型レストランです。本当に注文した料理が届くかどうかはだれもわからない。「まちがえちゃったけどまあいいか」をコンセプトに、お客様とともに間違いを受け入れて、むしろいっしょに笑いあおうよ、というレストランです。

東京都内のレストランを借りて、2017年6月にプレオープンし、9月に再オープン。9月は3週間のクラウドファンディングで、493人の個人や団体、企業から1291万円の支援をいただきました。

写真:森嶋夕貴(D-CORD)

コンセプトは、福祉のプロジェクトでなく、これでミシュランを取れるような料理店としてやろうという考えでした。オリジナルのお皿やエプロンで世界観を統一し、おしゃれでおいしいを目指した料理店です。一風堂さんの汁なしタンタンメン、虎屋さんがつくってくれたてへぺろ焼きというデザートなど、ここでしか得られない料理や体験にこだわりました。

大切なことは、認知症の方とコミュニケーションしていく場であるということ。間違えることを目的にすることは絶対にせずに、コミュニケーションを大事にしようということです。

実施した後、想定外の大きな反響がありました。
日本だけでなく世界20か国から取材が入り、150か国に向けて発信されました。日本は “課題先進国”といわれて久しいですが、解決策はなぜか北欧やオランダアメリカなどに求めることが多かった。世界がこれから迎えるであろう課題に、一つの解決策を日本から提案できたのはうれしかったです。

なぜ世界にひろがったのか?というと、「注文をまちがえる料理店」の作り方に秘密があると思っています。

①    ハンバーグが餃子になっちゃった!原風景がスタート

和田さんのグループホームのポリシーは「認知症になっても最期まで自分らしく生きる姿を支える介護」です。ある日、取材クルーがお昼ごはんをごちそうになることがありました。ハンバーグと聞いていたら、出てきたのは餃子。「間違っていますよね」と言いかけてやめました。みんな美味しそうに食べていて、そんなことを思っているのは僕だけだったのです。

間違いを指摘して正すことと、間違いはあるけどそれを受け入れておいしくみんなで食べることは、どちらが豊かでしょう?その時僕は、「間違い」を、そこにいる人みんなが受け入れたら「間違いではなくなる」ということに気づいたのです。
その素晴らしい風景を、グループホームの中だけでなく町の中で、たくさんの人に僕のように目からうろこが落ちる体験をしてほしい!と思ったんです。ハンバーグが餃子になっても、みんなが間違いを受け入れ、美味しく餃子をパクパク食べる―この“原風景”が、プロジェクトのスタートであり、ある意味でゴールでした。

プロジェクトを実施するにあたり、僕なりの流儀がいくつかありました。
それは、「素人の“違和感”を大切に」。

ハンバーグが餃子になったとき、その場にいるお年寄りも介護の専門職も、間違えに対して違和感を持っていなかった。違和感を持っていたのは、認知症や介護の知識がほとんどない、ど素人の僕だけでした。僕は違和感がクリエイティブの種、イノベーションの種だと思っています。

極端なことを言えば、世の中の99%は社会課題には興味がないと思っています。例えば認知症。そのことに真剣に向き合い、問題を感じて行動している人はそれほどたくさんはいないのではないでしょうか。
ほとんどの、僕のような素人に「え?なにこれ?」と、違和感をおもしろがってもらえる視点にこだわると、課題に対してどう興味をもっていいかわからなかった人を振り向かせることができると思います。

②    自分にできないことが、できる人を集める

コミュニケーションデザイン、デジタル配信、クラウドファンディング、認知症介護、シェフ・レストラン、料理店運営……自分にできないことをできる人、仲間を集めるときの流儀が、「シェア イシュー」の考え方です。
イシューとは、この場合は社会課題です。みんなができることを持ち寄って、達成していこうというとき、「この指とまれ!」とみんなが止まりたくなる指を作れるかどうか?指に掲げるメッセージがすごく大事だと思っています。

注文をまちがえる料理店には、「まちがえちゃったけど まあ、いいか」というメッセージを込めました。ここで例えば「認知症の人がキラキラ輝く社会を創ろう」などとしていたらここまで多くの人は集まらなかったのでは、と思います。
ポイントは、認知症の「に」の字も使わないこと。「認知症」というと、自分にとって関係ない、人によってはふれたくない、また知識のない自分は止まってはいけない、と思われがち。社会課題にはそんな側面があります。
「まちがえちゃったけど まあ、いいか」って言ったりいわれたりする社会を作れたらよくないですか?まちがえることは誰にでもあることですよね。「まあいいじゃない」と言える空気をつくれたらすてきだよね、というメッセージしたら集まってくれた。
共感してくれてとまってくれる、こういう指(テーマ)だったからこそ、海外メディアが注目してくれたと思っています。

仲間集めに大事な流儀がもう一つあります。要石の存在です。

要石とは、地震を起こさないために、なまずをおさえる石のことですよね。プロジェクトで一番怖いのは炎上です。社会課題を広く知ってほしいけど、クリエイティブの内容や表現によっては、ふざけているとか不謹慎だと思われてしまうこともあります。炎上を防ぐためにも、僕は必ず、チームに要石となる方にいてもらいます。このプロジェクトの場合は和田行男さんです。和田さんがいることで、言っていいこといけないこと、表現していいことといけないことのギリギリのラインをしっかり理解でき、チームとしてまとまりました。「こんな世界を作りたい」というとき、要石を用意しておく慎重な姿勢は大事です。

その和田さんからすごく大切な言葉をいただいたことがありました。
「認知症である前に、人なんだよな」という言葉です。

つい僕なんかは「認知症の●●さん」と見てしまう。グループホームに暮らす方を「認知症の●●さん」と見ているうちは、AさんもBさんもすべて「認知症の人」でしかなくなります。そうなると、●●さんが外に歩きに行ったら徘徊と決めつけてしまう。でも、本当は散歩にいったのかもしれないのに、勝手に思い込んでしまうんです。そうではなくて、「認知症である前に、人」。常にひとりひとりの人を中心に据えて、考えていく。人はどうしてもレッテルで見てしまうことがあるからこそ、この和田さんの言葉を大事にして、チームで共有しました。

③    間違えることは、目的でない

先ほどもお伝えした通り、注文をまちがえる料理店ですが、むしろ間違えない準備が大切です。「コミュニケーション」がこのプロジェクトの目的だからです。その目的を言い続けることが必要です。地域や人に、おいしい料理を食べながら認知症というものに触れてもらう、ここの目的を絶対にずらさないようにしよう、と。

今は、全国で30か所を超えて実施されています。プロジェクトを知った人たちが地域の仲間を集めて、地域に合ったやりかたで展開しています。そこには「仲間のためのプレイブック」として7つの約束を交わして実施してもらっています。日本だけでなく、中国・台湾・韓国・イギリスやカナダでも広がっています。

各地の取組み http://www.mistakenorders.com/work/pages.html

これ以外にもさまざまな取組みを行ってきています。

ウィズコロナであってもできることとは―想うこと・つなぐこと。「おすそわけしマスク」のプロジェクトは、2020年4月、55枚分のマスクをユーザーに購入いただき、50枚が手元に、5枚はマスク不足で深刻だった福祉の現場に寄付しました。会ったことのない誰かのためを思って、会ったことのない誰かから届く、そんな想いがつながり、800施設40万枚のマスクが寄付されました。

おすそわけしマスク(日本財団ジャーナル より) https://www.nippon-foundation.or.jp/journal/2020/44245

関西では「つながるぬりえ」。
福井の専門学校の事務の方が考えました。絵を描ける若者が下絵を描き、自由にダウンロードできます。おじいちゃんおばあちゃんが色を作るぬりえ。世代を超えて一つの作品が生まれる例です。

質疑応答

Q:「この指とまれ!」の指づくりには、どんなご苦労、工夫をされましたか?

A:苦労は…あまりしていないですね(笑)。この指とまれの指を作る際に、ポイントはいくつかあります。まずはどれくらい「みんながワクワクするような絵空事」を描けるか。みんなが作りたくなる、いちばんワクワクする「絵」を提示することが大切です。
お昼ご飯に餃子が出てきたとき、自分はこの絵が明確に浮かんでいました。頭の中で映像化したものを言葉でみんなに伝えたら、「おもしろいね!それを一緒に創ろうよ」ということになります。
解像度高い映像が頭にあるかということが大事。この取組みはゼロイチで作ったものではなく、原風景が元々あった。目の前にあった風景をすごく大事にして名前を付けただけなので、あまり苦労という苦労はなかったと思います。

Q:小国さんが今後挑戦したい、または変えてみたい社会や分野はありますか?

A:ないです!素人であり続けることを大事に、「おっ?」と思ったら初めて動けます。認知症のことも、がんのこと(delete C)も、何とかしたいと思ったわけではないのです。常にフラットな素人の状態でいなければ気づけないことが多いので、自分なりに感じた違和感がおもしろければやる、という感じですね。

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編集後記
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発想は「素人」目線で、自分と同じように知らなかった人達が気づける・楽しい仕組みにしながらも、実践の場には長くその課題に関わってきた活動家の方々から丁寧に意見を聞き、配慮すべきポイントを押さえる。
リスクやトラブルも、アドバイスの中で回避する方法を考え、自分ができないところは助けてもらう仲間とつながる。

そのためにも、考えや思いを周りに伝えて身近な人へ「ワクワク」を広げることは、どんなことでも最初の一歩で大切なことだな、と改めて感じました。

 

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